1

外科治療
1-1.手術適応
文献検索と採択

(術前呼吸機能・循環器機能評価)

(術前呼吸機能・循環器機能評価)

(臨床病期Ⅰ-Ⅱ期)

(臨床病期Ⅰ-Ⅱ期)

(臨床病期ⅢA期)

(臨床病期ⅢA期)
樹形図
臨床病期Ⅰ期の治療 臨床病期Ⅱ期の治療 臨床病期Ⅲ期の治療
1-1-1.手術適応(術前呼吸機能・循環器機能評価)
推 奨
手術適応の決定には,以下の基本的な心肺機能検査をはじめ,血液・生化学所見や年齢などを総合的に評価・検討することが必要である。
a.呼吸機能評価(spirometry)(グレードA)
b.循環器機能評価(安静時心電図)(グレードA)
エビデンス
  • a.呼吸機能検査のspirometryは,拘束性障害や閉塞性障害を評価する方法として確立されている。術前肺機能評価と肺切除後のmortality,morbidityの関連については,1986年の海外からの報告があり1),その他にも術前肺機能評価との関連は検討されているが,単一の普遍的な指標はない。術後呼吸機能の評価として,術前呼吸機能評価(spirometry)と肺血流シンチグラフィを用いての予測術後肺機能は,術後実測値と良い相関を示したとの報告があり,術後予測1秒量(FEV1.0)≧800mlなどの指標が参考値として用いられている2)3)。ただし,この値も普遍的な指標ではない。
  • b.術前検査としての循環器機能検査,特に安静時心電図については,基本的な機能評価として一般的に行われており,症例に応じて種々の負荷試験や超音波検査(心,血管など)などが行われている。これを推奨する根拠となる臨床試験はないものの,肺癌合同登録委員会の2004年手術例の調査では,併存疾患として負荷心電図陽性の虚血性心疾患を2.8%に認め,術後合併症として不整脈を3.3%に認めている4)
     このように,呼吸機能検査と安静時心電図については,臨床的有用性が高く,術前検査として不可欠である。
1-1-2.手術適応(臨床病期Ⅰ-Ⅱ期)
推 奨
a.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌で外科切除可能な患者には外科切除を行うよう勧められる。(グレードA)
b.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌で外科切除可能な患者に対する術式は,肺葉以上の切除を行うよう勧められる。(グレードA)
c.臨床病期ⅠA期,最大腫瘍径2cm以下の非小細胞肺癌に対して,画像所見,病変の位置などを勘案したうえで縮小切除(区域切除または楔状切除)を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
d.臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌で外科切除が可能であるが肺葉以上の切除が不可能な患者には,縮小切除(区域切除または楔状切除)を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
e.可能な場合は気管支形成術を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
エビデンス
  • a.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌に対して外科治療を放射線治療,または化学療法と無作為比較した臨床試験は報告されていない。外科治療が最も肺癌の治癒をもたらす治療であると考えられているのはこれまでの多くの後方視的研究による1)〜3)。肺癌外科切除11,663例の検討によれば,全体の5年生存割合は69.6%であり,臨床病期ⅠA,ⅠB,ⅡA,ⅡB期ではそれぞれ82.0%,66.1%,54.5%,46.1%であった3)
  • b.米国Lung Cancer Study Groupによって臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する肺葉切除と縮小切除を比較したランダム化比較試験が1995年に報告された4)。この研究によると肺葉切除に比べて縮小切除は局所再発が3倍となり,予後不良の傾向が認められた。人工呼吸器を要する呼吸不全などの重症合併症は肺葉切除に多かったものの,結論としては臨床病期I期非小細胞肺癌に対する至適術式は肺葉切除であるとされた。肺葉切除と縮小切除の間で比較された手術死亡率に関する3,270例の外科切除例の検討では,両者に差は認められなかった5)
  • c.臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する標準術式は肺葉切除であるが,これまでに2cm以下の腫瘍径である肺癌に対して縮小切除を行った研究が報告されている。1つのメタアナリシスでは肺葉切除に対して縮小切除後の予後は劣らないとしているが,それぞれの報告の対象にばらつきがあり,結果に対する解釈に注意するよう結論付けられている6)。2cm以下の肺癌に対する区域切除55例の報告では,5年生存割合81.8%,局所再発率4%と報告された7)8)。無作為ではないものの大規模な研究として567例の2cm以下の肺癌に対して肺葉切除と縮小切除(主に区域切除)を比較したものがある9)。305例の縮小切除群のうち術中にリンパ節転移が認められるか,非完全切除に終わるかなどによって一部の症例は肺葉切除に転換され,その結果230例が縮小切除群に終わった。肺葉切除群と縮小切除群の局所再発と5年生存割合はそれぞれ6.9%,4.9%,そして89.6%,89.1%とほぼ同等の成績であった。また胸部CT上,広範囲にスリガラス濃度を呈する肺癌は病理学的に非浸潤癌であることが報告されており10),この対象に縮小切除を適応する研究も報告されている11)〜13)。これらスリガラス濃度を呈する肺癌は局所浸潤性に乏しく,縮小切除の中でも広範囲楔状切除でも極めて良好な予後が報告されている。一方で手術後5年以降に局所再発をきたした例も報告されており,現時点ではこれらの対象に縮小切除を適応するに十分な根拠はない14)。米国の肺癌切除例807,748例についての1988〜1997年,1998年〜2004年,2005年〜2008年の3期間における検討では,縮小切除の生存が改善しているとの報告もある15)
  • d.臨床病期Ⅰ期の非小細胞肺癌で術後一秒率40%以下である低肺機能患者に対して縮小切除を行った報告によれば,32例と症例は少ないものの,肺葉切除とほぼ同等の局所再発率と予後であった16)。95例の肺葉切除不能例に対する非外科治療に関する研究では,縮小切除または放射線治療を行うことで,3年生存割合65%と報告された17)
  • e.ランダム化比較試験ではないが,腫瘍が中枢進展しているか,肺門リンパ節転移のために肺全摘または気管支形成術が可能な場合,気管支形成術後の局所コントロールは肺全摘と同等であり,かつ予後は肺全摘術と同等かそれ以上と報告されている18)19)。肺全摘をさけるために行う複雑気管支形成術の有効性も報告されている20)
1-1-3.手術適応(臨床病期ⅢA期)
推 奨
a.臨床病期ⅢA期非小細胞肺癌の治療方針は呼吸器外科医を含めた集学的治療グループで検討するよう勧められる。(グレードA)
b.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌の診断は組織学的に確認するよう勧められる。(グレードB)
c.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対して外科切除単独療法を行うよう勧められる科学的根拠が明確でない。(グレードC2)
d.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対して導入療法後に外科切除を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
e.臨床病期ⅢA期T4N0-1非小細胞肺癌に対して外科切除を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
エビデンス
  • a.臨床病期ⅢAは様々な集団に予後の観点から分けることができる母集団であり,その治療方針決定のためには呼吸器外科医を含む集学的治療チームによる治療方針の決定が勧められる1)
  • b.大規模な後方視的研究で11,663例の肺癌切除例に関する検討が行われた2)3)。このうち800例が臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌と診断されたが,病理学的にN2と診断された症例は436例(54.5%)にとどまった。病理学的にN0,N1と診断された症例はそれぞれ271例(34%),75例(9%)であった。つまり,およそ44%の症例では臨床病期N2というのがoverdiagnosisであったことになる。cN0-1であれば遠隔転移がない可能性が高く,少なからず外科切除の恩恵を被る可能性の高い集団である。したがってN2の組織学的診断をつけることが勧められる。
  • c.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対する外科治療単独により得られる5年生存割合は6〜15%と報告されている4)〜9)。導入化学療法後の手術において有意に予後が改善するという報告があり,最近のmeta-analysisでも同様の結果が報告されている9)10)。臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対する化学放射線療法では同時照射の場合5年生存割合は16%11),最近の別の研究では17.5〜19.8%と報告されており12),外科治療の単独適応は勧めるだけの根拠はない。
  • d.ⅢA期N2非小細胞肺癌に対する外科切除を行う意義を検討した報告は2つある13)14)。化学療法を行った後に手術を行う群と放射線を行う群をランダム比較した研究(EORTC8941)が欧州で,化学放射線療法を施行後に外科切除を行う群と行わない群をランダム比較した研究(North America Intergroup 0139)が北米で行われた。いずれの研究でもPrimary endpointである全生存割合において外科切除の意義を確認することはできなかった。ただし,EORTC8941では術前PETまたはbrain MRIが必須でないなどeligibility criteriaに問題があり,さらに完全切除率50%,外科切除を行った群のうち肺全摘を施行したのが50%と,かなり進行した集団を対象としていた。North America Intergroup 0139 では外科切除を行った群に局所制御率の向上を認めたものの全生存では有意な差は認められなかった。一方,肺葉切除を施行した群に限っては生存割合の有意な改善を外科切除群に認めるとも報告されている。なお,本研究で化学放射線療法後の肺全摘の高い死亡率(27.5%)が報告されたがその後安全に施行できるという報告もなされている15)16)。第Ⅱ相試験ではあるが,手術を含んだtrimodal treatmentの長期生存の結果が報告され,Stage ⅢAに関しては5年生存,10年生存ともに37.1%であった17)。北米のAmerican College of SurgeonsとAmerican Cancer SocietyがスポンサーであるNational Cancer Database(NCD)に基づいたStage ⅢA N2 非小細胞肺癌83,913例の報告によれば,5年生存割合は化学療法または化学放射線療法を施行後の外科切除群で38%,外科治療単独群で30%,そして外科切除を伴わない治療で11%,非治療群5%と外科治療が加えられた群での良好な結果が報告された18)。また同様にNCDに基づく11,242例の報告19),小規模ながら本邦からの報告20)でも,化学放射線後の外科手術の良好な成績が報告された。National Comprehensive Cancer Network報告では,腫大したリンパ節が3cm以下で1 stationにとどまるならば手術を検討するとした北米呼吸器外科医は90.5%にのぼり,これがmultistationでも47.6%が手術を検討するとしている。また肺全摘もこの集学的治療に含めて考慮するとした施設も54.8%であった21)。このように外科治療をStage ⅢA N2に加える意義に関する報告が相次いでいる。
  • e.T4N0-1非小細胞肺癌に対する外科治療後の合併症は極めて高く,慎重に選択された患者にのみ適応されるべきである。上大静脈合併切除後の致命的合併症発生率は5〜15%であり,5年生存割合は約20%である22)〜24)。分岐部切除後の致命的合併症は約3~20%であり,最近の報告では64例の5年生存割合は病理病期により,pN0で70%,pN1で35%,pN2で9%と報告されている25)〜28)
引用文献
術前呼吸機能・循環器機能評価
臨床病期Ⅰ-Ⅱ期
臨床病期ⅢA期
1-2.リンパ節郭清
文献検索と採択
リンパ節郭清
1-2.リンパ節郭清
推 奨
切除可能な非小細胞肺癌に対しては,肺門縦隔リンパ節の郭清を行い,病理学的評価を行うように勧められる。(グレードB)
エビデンス

 リンパ節の評価には,リンパ節を周囲脂肪組織とともに一塊として摘出する系統的リンパ節郭清,原発部位により郭清範囲を省略する選択的リンパ節郭清,任意のリンパ節のみ摘出するサンプリングなどが挙げられるが,本邦での明確な定義はない。
 リンパ節郭清とサンプリングを比較したランダム化試験1)〜3)を引用した848例の小規模なメタアナリシスの結果,リンパ節郭清による予後の改善が証明された(HR 0.78, 95%CI:0.65-0.93)4)。しかし,最近発表されたAmerican College of Surgery Oncology Group(ACSOG)がT1-2N0-1(肺門部リンパ節を除く)症例を対象に行った系統的リンパ節郭清とサンプリングのランダム化比較試験では,系統的リンパ節郭清群vs系統的サンプリング群の生存期間中央値と無再発5年生存率はそれぞれ,8.5年vs 8.1年,68%vs 69%で,系統的リンパ節郭清による有意な改善は認められなかった5)。また系統的リンパ節郭清の手術時間はサンプリングに比べ,15分程度長いに過ぎず,術後の合併症発生率や手術関連死亡率にも差がなかった。
 よって,リンパ節郭清の予後に寄与する科学的根拠は明確ではない。一方,ACSOGのランダム化比較試験にてサンプリングではN2の4%が見落とされており6),正確な病理病期の決定のためにはリンパ節郭清を行うように勧められるためグレードBとした。

1-3.T3臓器合併切除(肺尖部胸壁浸潤癌以外)
文献検索と採択
T3臓器合併切除(肺尖部胸壁浸潤癌以外)
1-3.T3臓器合併切除(肺尖部胸壁浸潤癌以外)
推 奨
a.臨床病期T3N0-1M0の胸壁浸潤非小細胞肺癌には,胸壁合併切除術を行うよう勧められる。(グレードB)
b.横隔膜,心膜に浸潤した臨床病期T3N0-1M0非小細胞肺癌には,それぞれの合併切除を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
エビデンス
  • a.肺癌取扱い規約(第7版,2010年)には,胸壁浸潤はpT3a:壁側胸膜まで浸潤,pT3b:胸内筋膜まで浸潤,pT3c:肋骨または胸壁軟部組織まで浸潤,と区別されており,胸壁合併切除術には壁側胸膜切除術と骨性胸壁切除術がある。胸壁合併切除術の手術死亡率は0〜7.8%で1)〜6),合併症発生率は19〜44%と報告されている1)〜3)。胸壁合併切除術を施行した肺癌の予後因子として,完全切除,リンパ節転移,胸壁浸潤の程度が挙げられている。完全切除症例は不完全切除症例より予後が良好である3)〜6)。胸壁浸潤肺癌334例の検討で,完全切除例(n=175)の5年生存率が32%であったのに対し,非完全切除例(n=94)では4%と報告されている4)。完全切除可能であれば壁側胸膜切除と骨性胸壁切除の差はないとする報告が多い3)4)7)8)。リンパ節転移に関しては,pN0症例の5年生存率は25〜67%であるのに対し,pN1では症例数が少ないものの20〜100%,pN2症例では6.2〜20.5%と報告されている1)〜8)。日本肺癌登録合同委員報告では胸壁浸潤407例の5年生存率はpN0 49.1% (n=299),pN1 36.5%(n=43),pN2 20.5%(n=65)で,pN2がpN0に比較して有意に予後不良であった8)。胸壁浸潤の程度に関しては,壁側胸膜のみの浸潤例が胸壁軟部組織や骨性胸郭浸潤例より良好であるという報告もあるが1)5),pN0症例では胸壁浸潤の程度は予後に影響しない報告されている8)。なお,上記文献はいずれも術後病理病期で記載されており,臨床病期で検討されている論文はない。本症を対象とした手術以外の治療法との直接の比較試験はないが,他の治療法との差異は明かであるため臨床病期T3N0-1M0症例の胸壁合併切除術は推奨グレードBとした。ただし,縦隔リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前病理検査にてN2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。
  • b.横隔膜合併切除例の5年生存率は19〜42.6%であり8)〜11),手術死亡率は1.6〜4.4%10)12),合併症発生率は14.7%と報告されている12)。横隔膜切除術を施行した肺癌の予後に影響する因子として,完全切除10)12),リンパ節転移の有無9)10)がある。JCOG肺癌外科グループの報告では,完全切除例の5年生存率は22.6%であったのに対し,非完全切除例では0%,またリンパ節転移に関しては,pN0の5年生存率は28%であるのに対して,pN1では20%,pN2では0%であった10)。最近の日本肺癌登録合同委員報告では横隔膜浸潤31例の5年生存率は42.6%,pN0(n=22)で55.0%と比較的良好であった8)。心膜合併切除例の5年生存率は15.1〜54.2%であり8)11)13),pT3に限れば比較的良好な報告もある。しかし91例の心膜浸潤症例の後方視的研究では,全体の5年生存率15.1%と予後不良であった13)。うち32例が心膜単独浸潤(T3)で59例は肺静脈,心房浸潤(T4)を伴っていたが,T3,T4間に予後の差を認めなかった。N0は12例(13.2%)N1は31例(34.1%), N2は48例(52.8%)と,心膜浸潤症例ではリンパ節転移の頻度が極めて高く,肺全摘の頻度も高かった。なお,上記文献はいずれも術後病理病期で記載されており,臨床病期で検討されている論文はない。臨床病期T3N0-1M0横隔膜,心膜浸潤肺癌切除例の予後は,最近の報告で改善はみられるものの依然不良であり,推奨グレードはC1とした。ただし,縦隔リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前病理検査にてN2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。
引用文献
1-4.同一肺葉内結節
文献検索と採択
同一肺葉内結節
1-4.同一肺葉内結節
推 奨
同一肺葉内結節で転移(PM1)もしくは多発肺癌を疑うcN0症例においては,手術を行うよう勧められる。(グレードB)
エビデンス

 転移を有する非小細胞肺癌に対する手術の有無についての比較臨床試験は行われていない。
 肺癌登録合同委員会で登録された1994年の肺癌手術症例7,408例のうち,6,525例の非小細胞肺癌の解析(ver. 6)が行われ,同一肺葉内転移(PM1)317例,他肺葉転移(PM2)128例の予後解析が報告された1)。5年生存率は,PM0(n=6,080)55.1%に対し,PM1は26.8%,PM2は22.5%であった。PM1症例について,リンパ節転移の有無別に解析すると,N0, N1, N2症例での5年生存率は,45.8%,25.3%,11.1%であり,N0群とN1群(P=0.0176),N1群とN2群(P=0.0114)に有意差が認められた1)。同様に40例以上の解析がなされた報告では,PM1の術後5年生存率は30%〜58%と報告され2)〜9),特にリンパ節転移陰性症例では概ね50%以上であることが報告され5)〜6),比較的予後が期待できる集団と考えられる。
 これらは術後の病理病期での解析であるが,術前検査において同一肺葉内転移が疑われる症例において,手術の結果その結節が転移でない場合も少なからず認められ10),正確な診断のためにも手術が勧められる。また,多発癌との鑑別が困難なこともあり,リンパ節転移のない症例においては,手術を行うよう勧められる。これらは比較試験ではなく,エビデンスレベルとしてはIVであるが,肺癌登録合同委員会から出された大規模な後方視的観察研究の臨床的有用性は高く,推奨グレードBとした。
 なお,リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前検査にて組織学的N2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。

引用文献
1-5.他肺葉内結節
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他肺葉内結節
1-5.他肺葉内結節
推 奨
他肺葉内結節で肺内転移(PM2, 3)を疑う症例においては,手術を勧める科学的根拠が明確でない。(グレードC2)
エビデンス

 肺癌登録合同委員会で登録された1994年の非小細胞肺癌6,525例(ver. 6)のうち,同一肺葉内転移(PM1)317例,他肺葉転移(PM2)128例の5年生存率は,PM0(n=6080)55.1%に対し,PM1は26.8%,PM2は22.5%であった。PM2を除いたM1症例の5年生存率は20.5%であり,PM2症例と有意差は認められなかった(P=0.434)1)。また,その他の報告においても,他肺葉の肺内転移(PM2, 3)の症例に対する切除成績は,PM1に比較し予後不良である報告が多く2)〜4),手術を勧める科学的根拠は明確でない。
 多発肺癌と肺内転移の鑑別診断基準には,多くの論文においてMartini and Melamedの基準が用いられている5)。複数の後方視的検討で縦隔リンパ節転移がない症例については5年生存率が29〜53%と比較的良好な成績の報告もある6)〜8)。しかしながら,術前診断において特に同じ組織型の場合には,転移との鑑別は必ずしも容易ではない。近年の遺伝子診断技術の向上により,臨床的鑑別診断に加え,分子生物学的診断によるclonalityの評価がなされつつあるが9)〜14),確立するには至っていない。

引用文献
1-6.胸腔鏡補助下肺葉切除
文献検索と採択
胸腔鏡補助下肺葉切除
1-6.胸腔鏡補助下肺葉切除
推 奨
臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する胸腔鏡補助下肺葉切除は,科学的根拠は十分ではないが行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
エビデンス

 胸腔鏡補助下手術(video-assisted thoracic surgery;VATS)の定義には様々な解釈がある(下記参照)。本項ではアプローチ手技を問わず胸腔鏡を用い肺葉切除したものをVATS肺葉切除術として取り扱った。臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術については,小規模ではあるが2つのランダム化比較試験が報告されている。1つは臨床病期I期の非小細胞肺癌55例についてランダム化割り付けを行い,標準開胸肺葉切除(n=30),またはVATS肺葉切除(n=25)を比較したものであるが,手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,術後疼痛に関しては両群間で有意差はなかった1)。他方は臨床病期IA期非小細胞肺癌100例を標準開胸肺葉切除(n=52)とVATS肺葉切除(n=48)に分けて比較したところ,郭清リンパ節個数,リンパ節転移頻度,再発率,5年全生存率では両群間に差を認めなかったとの報告である2)。この2つのランダム化比較試験と19の非ランダム化試験のメタアナリシスの結果が報告され,VATSと開胸手術では手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,肺瘻の遷延,不整脈,肺炎,手術死亡,局所再発の頻度に有意な差はなかった3)。しかしながら,VATS群のほうが有意に遠隔転移が少なく5年生存率も良好であったため,早期非小細胞肺癌患者に対してVATSによる肺葉切除術は適切な手技であると結論付けた。別のメタアナリシスでは,VATS群のほうが5年生存率が良好であると報告された4)。Ⅰ期非小細胞肺癌の手術例のメタアナリシスではVATS群は開胸群と比較して予後が良好で,合併症は少ないとし,VATSは早期肺癌に対する治療として効果的で安全なアプローチであると結論された5)
 前方視的研究としては,VATS肺葉切除術の妥当性を検討した多施設共同試験(CALGB39802)の結果が報告されている6)。1998年から2001年に3cm以下の肺癌128例が集積され,VATS肺葉切除術が完遂されたものは86.5%(96例)であった。30日以内の手術死亡は3例(2.7%)でVATS手技に関連するものは無いことから,VATS肺葉切除は受け入れられると結論した。また,サンプル例は66例と少ないが,肺葉切除における系統的リンパ郭清について開胸とVATSを比較したランダム化比較試験が報告された7)。単一施設で臨床Ⅰ期非小細胞肺癌の系統的リンパ節郭清を行い,郭清個数は差がなかった。これにより縦隔郭清は開胸と同じくVATSでも十分行うことができるとした。
 多施設における解析としてSociety of Thoracic Surgeons(STS)データベースをもととしたVATSと開胸手術の比較が報告されている8)。2002年から2007年の手術例6,323例を後方視的に解析している。死亡率の差はないものの合併症発生率,即ち術後不整脈,再挿管,輸血,在院日数,ドレナージ期間は開胸手術群に比べてVATS群で有意に少なかった。同じくSTS databaseを用いてnodal upstagingと予後について報告されている9)。2007〜2011年までの臨床病期Ⅰで肺葉切除を受けた非小細胞肺癌症例1,513例のうち,18.6%(281例)でnodal upstagingを認めたが,開胸群で有意に高頻度であった(開胸 24.6% vs VATS 11.9%)。OSは有意差はなかった。その他の後方視的な報告として,臨床病期IA期非小細胞肺癌に対する肺葉切除術後の再発と第2癌の発生をVATS群520例と開胸群652例で比較検討したものがある10)。年齢,病期,性別,組織型,腫瘍存在部位,同時多発癌を調整した場合にはVATS群で再発が有意に少なかった(オッズ比;0.65,P=0.01)。その他の比較的大規模な検討でも心房細動,無気肺,肺瘻,肺炎などの術後合併症の頻度がVATSで少なく,胸腔ドレーン挿入期間,術後在院日数が短いとの報告がみられる11)〜13)
 手術リスクに関するものとして,低肺機能患者の肺葉切除におけるVATSと開胸の比較について報告されている14)。前述のSTS databaseで2009〜2011年に施行された肺葉切除症例13,376例(開胸6,802例,VATS 6,574例)で予測残存一秒量または予測残存DLCOが低値の場合,合併症率や死亡率は開胸群で高くなった(propensity matched, 4,125例ずつ)。一方,VATSのほうがリスクが高いという報告もある15)。HCUP-NIS databaseを用いた後方視的研究で2007〜2010年までに肺葉切除をした24,253例(開胸19,030,VATS 5,223)を検討し,VATSにおいて心血管系の合併症が死亡率に強く関係しているという結果であった(OR 2.19, P=0.001)。
 臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術について混乱を生じているのは,VATSアプローチの定義自体があいまいな点である。そのアプローチにはモニター視のみの完全鏡視下と,直視を併用するもの,いわゆるHybrid VATSがある16)。皮切長,皮切の数,肋間開大(開胸器併用)の有無など様々な方法が施設毎に採用され,完全鏡視下であっても手術の質向上のために直視下触診を用いるものもある。その手術成績などについては,その区別なく論じられている場合がほとんどである。さらにVATSが開胸手術に比較して,予後,侵襲性,安全性に関して,同等ないし優れていると肯定的な研究は多いものの,これらの報告の多くは単施設の後方視的な解析に基づくものであり,十分な症例数を有したランダム化比較試験はなく,確定的な結論は出ていない。VATSアプローチの定義が難しいため,今後も大規模なランダム化比較試験の実施は困難であると予想される。2009年の日本胸部外科学会年次調査結果によれば,肺癌に対する23,520例の全肺葉切除術の50%以上,12,008例にVATS肺葉切除術が施行されている17)。このように臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術は,実地医療の場ではランダム化比較試験を経ずに頻用されており,その推奨グレードをC1とした。

引用文献
1-7.術後経過観察
文献検索と採択
術後経過観察
1-7.術後経過観察
推 奨
a.外科切除後の非小細胞肺癌に対しては定期的な経過観察を行うよう勧められる。(グレードB)
b.非小細胞肺癌術後の患者には禁煙と禁煙の支援が強く勧められる。
エビデンス
  • a.肺癌術後経過観察は科学的根拠に則り,経済的影響を十分に考慮しながら行う必要がある。しかし臨床研究の結果に乏しく科学的根拠に基づいた観察法は示されていない。
     肺癌術後再発予後は経過観察法,すなわちintensiveに経過を追うかどうかによっては改善されないとの報告がなされている1)〜3)。Virgoらの1995年の論文は単一施設でintensive群とnonintensive群を後方視的に解析した研究であるが,intensive群の方がnonintensive群に比べ0.53年生存期間が延長していたものの,有意差はなかった2)。一方でintensiveに経過観察した場合,生存率が改善するとの報告4)もある。さらにintensiveな経過観察により他疾患の治療が容易になるとの立場もある3)。しかし肺癌完全切除後に無症状で再発が発見される症例は9.2%,さらに治療が行われたのが全体のわずか3%未満という結果から,無症状症例に積極的なスクリーニングを行うのは,費用対効果の面からも必要ないとの研究もある3)
     明確に推奨する根拠はないものの術後経過観察は日常診療としてなされ,患者のニーズが明確に存在する。また受診による術後合併症の発見,患者の状態の把握,精神的支援などの側面もある。さらに異時多発癌は病理病期I期においても1.99/100人年で発生し,切除例の予後は非切除例より良好であった(P=0.003)との報告5)があり,その点も考慮し推奨グレードをBにした。経過観察期間に関しては5年以降では再発は減少6)し,予後は良好7)との報告がある一方で,スリガラス陰影を呈する肺癌でも5年以降に再発したとの報告8)もあり,今後の検討を要する。
     CTについては海外の複数のガイドラインではCTを推奨しており9)〜11),経過観察には低線量らせんCTが有用との報告12)や,半年毎に胸部CTを行った群の予後が良好であったとの報告13)があるが,術後経過観察における術後CTの予後に対する影響は明らかではない。 PETについても術後再発の検出に有用か否か検討が不十分である14)15)
  • b.術後の禁煙については強固なエビデンスは存在しないが,禁煙は肺癌のみならず,あらゆる疾患の予防のためにも,肺癌学会として強く推奨する。
引用文献
1-8.低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)
文献検索と採択
低悪性度肺腫瘍
1-8.低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)
推 奨
切除可能な低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)は,非小細胞肺癌に準じた外科治療を行うよう勧められる。(グレードA)
エビデンス

 カルチノイドについてはInternational Association for the Study of Lung Cancer(IASLC)のデータベースから集積した513例の手術症例で,5年,10年生存率が各々pN0で92%,84%,pN1で68%,54%,pN2で64%,0%であった1)。またSurveillance Epidemiology and End Results(SEER)のデータベースから集積した1,437例の手術症例では,5年生存率がpN0で92%,pN1で81%,pN2で74%であった1)。カルチノイドに対する手術療法は,非小細胞肺癌の同じ病期のものと比較しても成績が良好である。Garcia-Yusteらの手術症例の報告2)では,定型的カルチノイド569例の5年生存率は,pN0で97%,pN1で100%,pN2で100%,非定型カルチノイド92例での5年生存率は,pN0で83%,pN1で61%,pN2で60%でカルチノイドに比し非定型カルチノイドの予後は不良であった。術式については,1973年から2006年までに集積した3,478例の後方視的研究で中間生存期間は,肺葉切除以上群で84カ月,縮小手術群で67カ月で,propensity scoreを用いた解析では定型的カルチノイドであれば縮小手術も許容できるとの報告もある3)。また2000年から2007年までの3,270例の解析によれば,定型的カルチノイド3,084例,非定型カルチノイド186例に対し肺葉切除1,669例,縮小手術784例が行われ,多変量解析で疾患特異的生存において縮小手術は肺葉切除に対して非劣性が示された4)。しかし前方視的研究でカルチノイドにおける縮小手術の有用性は確立されていない。
 粘表皮癌は肺癌全体の0.1〜0.2%を占める稀な腫瘍である。組織学的に低悪性度腫瘍,高悪性度腫瘍に分類される5)。一般的に低悪性度のものは予後良好で,高悪性度のものは予後不良とされている。Vadaszらは低悪性度腫瘍5例の5年生存率は80%,高悪性度腫瘍では44%にリンパ節転移が認められ,5年生存率は31%であったと報告している6)。またChinら7)は完全切除症例の10年生存率は87.5%であったのに対し,不完全切除症例では長期生存は認められなかったと報告している。
 腺様嚢胞癌は完全切除での5年生存率が73〜91%と報告され8)〜10),後方視的研究ではあるが手術例は非切除例よりも良好な成績で,さらに不完全切除の場合でも非切除例より予後が良好であり,完全切除と差がないとする報告もある9)10)
 これらの腫瘍は前方視的比較試験の結果がないものの,一般に手術が行われており推奨グレードをAとした。

引用文献
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