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(術前呼吸機能・循環器機能評価)
(臨床病期Ⅰ-Ⅱ期)
(臨床病期ⅢA期)
リンパ節の評価には,リンパ節を周囲脂肪組織とともに一塊として摘出する系統的リンパ節郭清,原発部位により郭清範囲を省略する選択的リンパ節郭清,任意のリンパ節のみ摘出するサンプリングなどが挙げられるが,本邦での明確な定義はない。
リンパ節郭清とサンプリングを比較したランダム化試験1)〜3)を引用した848例の小規模なメタアナリシスの結果,リンパ節郭清による予後の改善が証明された(HR 0.78, 95%CI:0.65-0.93)4)。しかし,最近発表されたAmerican College of Surgery Oncology Group(ACSOG)がT1-2N0-1(肺門部リンパ節を除く)症例を対象に行った系統的リンパ節郭清とサンプリングのランダム化比較試験では,系統的リンパ節郭清群vs系統的サンプリング群の生存期間中央値と無再発5年生存率はそれぞれ,8.5年vs 8.1年,68%vs 69%で,系統的リンパ節郭清による有意な改善は認められなかった5)。また系統的リンパ節郭清の手術時間はサンプリングに比べ,15分程度長いに過ぎず,術後の合併症発生率や手術関連死亡率にも差がなかった。
よって,リンパ節郭清の予後に寄与する科学的根拠は明確ではない。一方,ACSOGのランダム化比較試験にてサンプリングではN2の4%が見落とされており6),正確な病理病期の決定のためにはリンパ節郭清を行うように勧められるためグレードBとした。
転移を有する非小細胞肺癌に対する手術の有無についての比較臨床試験は行われていない。
肺癌登録合同委員会で登録された1994年の肺癌手術症例7,408例のうち,6,525例の非小細胞肺癌の解析(ver. 6)が行われ,同一肺葉内転移(PM1)317例,他肺葉転移(PM2)128例の予後解析が報告された1)。5年生存率は,PM0(n=6,080)55.1%に対し,PM1は26.8%,PM2は22.5%であった。PM1症例について,リンパ節転移の有無別に解析すると,N0, N1, N2症例での5年生存率は,45.8%,25.3%,11.1%であり,N0群とN1群(P=0.0176),N1群とN2群(P=0.0114)に有意差が認められた1)。同様に40例以上の解析がなされた報告では,PM1の術後5年生存率は30%〜58%と報告され2)〜9),特にリンパ節転移陰性症例では概ね50%以上であることが報告され5)〜6),比較的予後が期待できる集団と考えられる。
これらは術後の病理病期での解析であるが,術前検査において同一肺葉内転移が疑われる症例において,手術の結果その結節が転移でない場合も少なからず認められ10),正確な診断のためにも手術が勧められる。また,多発癌との鑑別が困難なこともあり,リンパ節転移のない症例においては,手術を行うよう勧められる。これらは比較試験ではなく,エビデンスレベルとしてはIVであるが,肺癌登録合同委員会から出された大規模な後方視的観察研究の臨床的有用性は高く,推奨グレードBとした。
なお,リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前検査にて組織学的N2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。
肺癌登録合同委員会で登録された1994年の非小細胞肺癌6,525例(ver. 6)のうち,同一肺葉内転移(PM1)317例,他肺葉転移(PM2)128例の5年生存率は,PM0(n=6080)55.1%に対し,PM1は26.8%,PM2は22.5%であった。PM2を除いたM1症例の5年生存率は20.5%であり,PM2症例と有意差は認められなかった(P=0.434)1)。また,その他の報告においても,他肺葉の肺内転移(PM2, 3)の症例に対する切除成績は,PM1に比較し予後不良である報告が多く2)〜4),手術を勧める科学的根拠は明確でない。
多発肺癌と肺内転移の鑑別診断基準には,多くの論文においてMartini and Melamedの基準が用いられている5)。複数の後方視的検討で縦隔リンパ節転移がない症例については5年生存率が29〜53%と比較的良好な成績の報告もある6)〜8)。しかしながら,術前診断において特に同じ組織型の場合には,転移との鑑別は必ずしも容易ではない。近年の遺伝子診断技術の向上により,臨床的鑑別診断に加え,分子生物学的診断によるclonalityの評価がなされつつあるが9)〜14),確立するには至っていない。
胸腔鏡補助下手術(video-assisted thoracic surgery;VATS)の定義には様々な解釈がある(下記参照)。本項ではアプローチ手技を問わず胸腔鏡を用い肺葉切除したものをVATS肺葉切除術として取り扱った。臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術については,小規模ではあるが2つのランダム化比較試験が報告されている。1つは臨床病期I期の非小細胞肺癌55例についてランダム化割り付けを行い,標準開胸肺葉切除(n=30),またはVATS肺葉切除(n=25)を比較したものであるが,手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,術後疼痛に関しては両群間で有意差はなかった1)。他方は臨床病期IA期非小細胞肺癌100例を標準開胸肺葉切除(n=52)とVATS肺葉切除(n=48)に分けて比較したところ,郭清リンパ節個数,リンパ節転移頻度,再発率,5年全生存率では両群間に差を認めなかったとの報告である2)。この2つのランダム化比較試験と19の非ランダム化試験のメタアナリシスの結果が報告され,VATSと開胸手術では手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,肺瘻の遷延,不整脈,肺炎,手術死亡,局所再発の頻度に有意な差はなかった3)。しかしながら,VATS群のほうが有意に遠隔転移が少なく5年生存率も良好であったため,早期非小細胞肺癌患者に対してVATSによる肺葉切除術は適切な手技であると結論付けた。別のメタアナリシスでは,VATS群のほうが5年生存率が良好であると報告された4)。Ⅰ期非小細胞肺癌の手術例のメタアナリシスではVATS群は開胸群と比較して予後が良好で,合併症は少ないとし,VATSは早期肺癌に対する治療として効果的で安全なアプローチであると結論された5)。
前方視的研究としては,VATS肺葉切除術の妥当性を検討した多施設共同試験(CALGB39802)の結果が報告されている6)。1998年から2001年に3cm以下の肺癌128例が集積され,VATS肺葉切除術が完遂されたものは86.5%(96例)であった。30日以内の手術死亡は3例(2.7%)でVATS手技に関連するものは無いことから,VATS肺葉切除は受け入れられると結論した。また,サンプル例は66例と少ないが,肺葉切除における系統的リンパ郭清について開胸とVATSを比較したランダム化比較試験が報告された7)。単一施設で臨床Ⅰ期非小細胞肺癌の系統的リンパ節郭清を行い,郭清個数は差がなかった。これにより縦隔郭清は開胸と同じくVATSでも十分行うことができるとした。
多施設における解析としてSociety of Thoracic Surgeons(STS)データベースをもととしたVATSと開胸手術の比較が報告されている8)。2002年から2007年の手術例6,323例を後方視的に解析している。死亡率の差はないものの合併症発生率,即ち術後不整脈,再挿管,輸血,在院日数,ドレナージ期間は開胸手術群に比べてVATS群で有意に少なかった。同じくSTS databaseを用いてnodal upstagingと予後について報告されている9)。2007〜2011年までの臨床病期Ⅰで肺葉切除を受けた非小細胞肺癌症例1,513例のうち,18.6%(281例)でnodal upstagingを認めたが,開胸群で有意に高頻度であった(開胸 24.6% vs VATS 11.9%)。OSは有意差はなかった。その他の後方視的な報告として,臨床病期IA期非小細胞肺癌に対する肺葉切除術後の再発と第2癌の発生をVATS群520例と開胸群652例で比較検討したものがある10)。年齢,病期,性別,組織型,腫瘍存在部位,同時多発癌を調整した場合にはVATS群で再発が有意に少なかった(オッズ比;0.65,P=0.01)。その他の比較的大規模な検討でも心房細動,無気肺,肺瘻,肺炎などの術後合併症の頻度がVATSで少なく,胸腔ドレーン挿入期間,術後在院日数が短いとの報告がみられる11)〜13)。
手術リスクに関するものとして,低肺機能患者の肺葉切除におけるVATSと開胸の比較について報告されている14)。前述のSTS databaseで2009〜2011年に施行された肺葉切除症例13,376例(開胸6,802例,VATS 6,574例)で予測残存一秒量または予測残存DLCOが低値の場合,合併症率や死亡率は開胸群で高くなった(propensity matched, 4,125例ずつ)。一方,VATSのほうがリスクが高いという報告もある15)。HCUP-NIS databaseを用いた後方視的研究で2007〜2010年までに肺葉切除をした24,253例(開胸19,030,VATS 5,223)を検討し,VATSにおいて心血管系の合併症が死亡率に強く関係しているという結果であった(OR 2.19, P=0.001)。
臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術について混乱を生じているのは,VATSアプローチの定義自体があいまいな点である。そのアプローチにはモニター視のみの完全鏡視下と,直視を併用するもの,いわゆるHybrid VATSがある16)。皮切長,皮切の数,肋間開大(開胸器併用)の有無など様々な方法が施設毎に採用され,完全鏡視下であっても手術の質向上のために直視下触診を用いるものもある。その手術成績などについては,その区別なく論じられている場合がほとんどである。さらにVATSが開胸手術に比較して,予後,侵襲性,安全性に関して,同等ないし優れていると肯定的な研究は多いものの,これらの報告の多くは単施設の後方視的な解析に基づくものであり,十分な症例数を有したランダム化比較試験はなく,確定的な結論は出ていない。VATSアプローチの定義が難しいため,今後も大規模なランダム化比較試験の実施は困難であると予想される。2009年の日本胸部外科学会年次調査結果によれば,肺癌に対する23,520例の全肺葉切除術の50%以上,12,008例にVATS肺葉切除術が施行されている17)。このように臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術は,実地医療の場ではランダム化比較試験を経ずに頻用されており,その推奨グレードをC1とした。
カルチノイドについてはInternational Association for the Study of Lung Cancer(IASLC)のデータベースから集積した513例の手術症例で,5年,10年生存率が各々pN0で92%,84%,pN1で68%,54%,pN2で64%,0%であった1)。またSurveillance Epidemiology and End Results(SEER)のデータベースから集積した1,437例の手術症例では,5年生存率がpN0で92%,pN1で81%,pN2で74%であった1)。カルチノイドに対する手術療法は,非小細胞肺癌の同じ病期のものと比較しても成績が良好である。Garcia-Yusteらの手術症例の報告2)では,定型的カルチノイド569例の5年生存率は,pN0で97%,pN1で100%,pN2で100%,非定型カルチノイド92例での5年生存率は,pN0で83%,pN1で61%,pN2で60%でカルチノイドに比し非定型カルチノイドの予後は不良であった。術式については,1973年から2006年までに集積した3,478例の後方視的研究で中間生存期間は,肺葉切除以上群で84カ月,縮小手術群で67カ月で,propensity scoreを用いた解析では定型的カルチノイドであれば縮小手術も許容できるとの報告もある3)。また2000年から2007年までの3,270例の解析によれば,定型的カルチノイド3,084例,非定型カルチノイド186例に対し肺葉切除1,669例,縮小手術784例が行われ,多変量解析で疾患特異的生存において縮小手術は肺葉切除に対して非劣性が示された4)。しかし前方視的研究でカルチノイドにおける縮小手術の有用性は確立されていない。
粘表皮癌は肺癌全体の0.1〜0.2%を占める稀な腫瘍である。組織学的に低悪性度腫瘍,高悪性度腫瘍に分類される5)。一般的に低悪性度のものは予後良好で,高悪性度のものは予後不良とされている。Vadaszらは低悪性度腫瘍5例の5年生存率は80%,高悪性度腫瘍では44%にリンパ節転移が認められ,5年生存率は31%であったと報告している6)。またChinら7)は完全切除症例の10年生存率は87.5%であったのに対し,不完全切除症例では長期生存は認められなかったと報告している。
腺様嚢胞癌は完全切除での5年生存率が73〜91%と報告され8)〜10),後方視的研究ではあるが手術例は非切除例よりも良好な成績で,さらに不完全切除の場合でも非切除例より予後が良好であり,完全切除と差がないとする報告もある9)10)。
これらの腫瘍は前方視的比較試験の結果がないものの,一般に手術が行われており推奨グレードをAとした。