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Ⅱ.治 療

外科治療

1-1.外科治療 Ⅰ-Ⅱ期

文献検索と採択

外科治療 Ⅰ-Ⅱ期
1-1.外科治療 Ⅰ-Ⅱ期
推 奨

a.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,外科切除を行うよう勧められる。(グレードA)

b.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する術式は,胸腺全摘以上の切除を行うよう勧められる。(グレードB)

c.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する胸腔鏡補助下の切除は,科学的根拠は十分ではないが行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する外科切除の意義は,1980年代より示されており標準治療として行われてきている。本邦ならびにITMIGなどにおいて大規模な評価がなされており,いずれにおいても治療成績が良好であることから(胸腺腫:5年生存率95%,10年生存率88%程度,胸腺癌:5年生存率85%程度),Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対しては外科切除が勧められる1)~6)
b.
Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する外科切除の範囲については,従来より胸腺全摘が標準的な方法として適用されている。完全切除を要すること,ならびに胸腺腫に高頻度に重症筋無力症が合併することから,腫瘍および胸腺組織を摘除するとの考えに基づいている。完全切除の治療成績は良好であり,胸腺全摘以上の切除を行うよう勧められる3)~6)。また,胸腺組織を残した腫瘍切除や胸腺部分切除については,小腫瘍例などに対する報告があるが,切除範囲や長期成績に関する今後の評価が必要であり,外科切除として勧めるだけの根拠が明確でない7)~9)
c.
胸腺上皮性腫瘍に対する胸腔鏡補助下の切除が近年報告されており,Ⅰ-Ⅱ期の小病変に対しての可能性を示すものがある。一方で術後再発の報告もあり長期成績を含めた評価が必要である。標準術式と同等の切除が求められるものであり,適応については慎重な判断が必要である10)~18)
引用文献

1-2.外科治療 Ⅲ期

文献検索と採択

外科治療 Ⅲ期
1-2-1.外科治療 Ⅲ期:手術適応・治療方針
推 奨

a.臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,胸腺全摘以上の外科切除を行うよう勧められる。(グレードA)

b.完全切除が困難な臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,集学的医療チームによる評価を行い,治療方針を策定するよう勧められる。(グレードA)

c.完全切除が困難な臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,集学的治療を行うよう勧められる。(グレードB)

エビデンス
a.
Ⅰ-Ⅲ期胸腺腫の予後は良好であり,Kondoらは5年生存率をⅠ期100%,Ⅱ期98.4%,Ⅲ期88.7%と報告している。しかしⅢ期はⅠ-Ⅱ期に比し再発率が高く成績は劣る1)。YamadaらはJARTデータベース(1991~2010年)2,835例を用いてⅢ期手術例の手術成績を解析し,10年全生存率80.2%,無再発生存率51.6%と報告している2)。RuffiniらはESTSデータベースに登録された2,151例を解析し,Ⅲ-Ⅳ期,不完全切除が再発危険因子として報告した3)。多くの報告で完全切除が有意な予後因子として同定されており,Ⅰ-Ⅲ期胸腺腫には外科切除が推奨される。一方,胸腺癌に関してはAhamdらはITMIGとESTSデータベースを併せた1,042例の切除例を解析し,Ⅰ-Ⅱ,Ⅲ期の5年生存率はそれぞれ80%,63%で,多変量解析で完全切除,術後照射が生存期間を延長させる因子として報告している4)。RuffiniらはESTSデータベースを解析し,完全切除率69%,5年および10年生存率はそれぞれ61%,37%で,可能なかぎり切除を行うことを推奨している5)。これらによりグレードAとした。
b.
完全切除が困難なⅢ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,集学的医療チームによる総合的な評価を行い治療方針を策定する必要があるとのエキスパートのコンセンサスが得られている(グレードA)。なお,このコンセプトは,NCCNガイドラインにも明記されている6)
c.
完全切除が困難なⅢ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,術前導入化学療法7)8)や化学放射線療法9)の認容性と高い完全切除率,良好な予後が報告されている。また,集学的治療が長期生存に寄与するとの報告が第Ⅱ相試験8)で示されており,導入療法,手術,術後補助療法による集学的治療を行うように推奨する(グレードB)。
1-2-2.外科治療 Ⅲ期:合併切除
推 奨

a.臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,完全切除を達成するために可能であれば隣接浸潤臓器の合併切除を行うよう勧められる。(グレードB)

b.横隔神経浸潤が認められる場合には,患者の状態に応じて横隔神経の温存を考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍において完全切除は予後因子である3)5)。YamadaらはⅢ期310例の浸潤臓器別完全切除率と予後を解析し,浸潤臓器部位は肺,心膜,大血管,横隔神経の順に多いが,心膜(85.4%),肺(82%)に比べ大血管(73.8%),横隔神経(72.6%),胸壁(71.4%)の完全切除率は劣ること,完全切除例における10年全生存率は80.2%,無再発生存率は51.6%で,浸潤臓器別では胸壁が予後不良因子であると報告した2)。また,大血管合併切除に関する報告は少なく,上大静脈合併切除に関してもエビデンスレベルの高い報告はない。Okerekeらは38例の合併切除を検討し術後合併症8%,死亡率5%とリスクが高いが再建血管の開存率は良好であることを10),Chenらは15例の経験を報告し2例に長期人工呼吸管理を要したが手術関連死亡はないことを示した11)。なお,大動脈,肺動脈合併切除例のエビデンスはない。完全切除達成するためには可能であれば隣接浸潤臓器の合併切除が勧められグレードBとした。
b.
Ⅲ期胸腺腫において横隔神経浸潤が認められた際に,他臓器と同様に合併切除は可能であるが,特に重症筋無力症合併例では術後呼吸機能の低下が危惧される。HamdiらはⅢ-Ⅳ期胸腺腫において横隔神経温存73例と合併切除41例を比較し,局所再発率はそれぞれ2.4%,9.7%と温存例で高いが,5年生存率は85%,88%と差はないことを12),Yanoらは横隔神経温存9例と合併切除9例において術後呼吸機能(努力肺活量,1秒量)を比較し,切除群,温存群の肺活量,1秒量は各々66%,69%,92.4%,94.1%で呼吸機能上の利点があることを示した13)。以上からエビデンスレベルは高くないが,重症筋無力症合併例,両側横隔神経浸潤例などのハイリスク患者においては横隔神経温存が選択肢となり得る(グレードC1)。
引用文献

1-3.外科治療 Ⅳ期

文献検索と採択

外科治療 Ⅳ期
1-3.外科治療 Ⅳ期
推 奨

a.臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,集学的医療チームによる評価を行い,治療方針を策定するよう勧められる。(グレードA)

b.臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,肉眼的完全切除が可能と判断される場合には外科切除を行うよう勧められる。(グレードB)

c.臨床病期Ⅳ期胸腺腫に対しては,完全切除が不能な場合には減量手術を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍の病態は様々である。腫瘍の転移形式に関しては,日本のデータベースによるとリンパ節転移は胸腺腫は1.8%,胸腺癌26.8%,胸腺カルチノイド27.5%に認め,血行性転移については,胸腺腫は1.2%,胸腺癌は12%,胸腺カルチノイドは2.5%の頻度であった1)。そのため特に胸腺癌においてはリンパ節郭清を行ったほうがよいという報告もあるが,生存に寄与するかは不明である2)。さらに遠隔転移に対する外科切除のまとまった報告はほとんどない。いずれにせよⅣ期胸腺上皮性腫瘍に対しては外科治療単独ではなく集学的治療が推奨されるが,ほとんどエビデンスがない。以上より,この病態に対しては,習熟した集学的医療チームによる総合的な評価を行い治療方針を策定することが必要である3)
b.
Ⅳ期胸腺腫に対する外科切除の前向き試験はほとんどないが,これまで積極的に外科切除が行われ,その成績は良好である。2000年に本邦で行われた後ろ向き調査では,Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍の多くの症例に対して手術を含めた集学的治療が行われており,5年生存率は胸腺腫がⅣa期で70.6%とⅣb期で52.8%,胸腺癌が37.6%,胸腺カルチノイドが72.9%であった4)。またJARTが行った調査でのデータベースからの報告でも,播種を伴うⅣa期胸腺腫に対して肉眼的に完全切除を施行した群の10年生存率は88.6%と予後良好であった5)。ただしその術式・治療は様々で,播種巣切除から胸膜肺全摘術,播種巣切除+胸腔内温熱化学療法など多岐にわたっており,それぞれの治療成績については今後も集積していく必要がある6)7)。一方でⅣ期胸腺癌に対する外科治療の報告は少ない。本邦におけるデータベースの解析では,胸腺癌Ⅳa期40例とⅣb期68例の5年生存率は43%と34%であった8)。また世界規模のデータベースを用いた胸腺癌1,042例の報告では,5,10年生存率についてⅣa期114例では42%,28%で,Ⅳb期139例では30%,13%であった。そのうち外科切除例と完全切除例の割合は,Ⅳa期が97例と47例,Ⅳb期は94例と43例であり,また多くの症例で化学療法や放射線療法も施行されていた。全体での多変量解析では,完全切除と放射線療法が予後良好因子であると報告されている9)。以上よりⅣ期であっても完全切除例は予後良好であり,グレードBとした。
c.
胸腺腫ではいわゆる減量(Debulking)手術も予後延長に寄与する(亜全摘手術症例が非切除症例よりも有意に予後が良い)といわれている。2000年の本邦のデータによると,切除根治度に関してⅢ期とⅣ期を含めて解析しているが,完全切除・Subtotal切除・非切除の5年生存率は,胸腺腫では92.9%・64.4%・35.6%,胸腺癌では66.9%・30.1%・24.2%であり,胸腺腫においては減量手術も有効であると報告している4)。減量手術の定義は一定ではないが有効性を示す報告はいくつかあり,メタアナリシスでも有効性が示されている10)。したがってコンセンサスは得られていることとし,グレードC1とした。一方で胸腺癌については,2010年の日本のデータでは,完全切除・Subtotal切除・非切除の5年生存率は75%・44~47%・13%であり,ESTSのデータでも胸腺癌に対する減量手術の有効性が示唆されている8)11)。しかしながらこれらは臨床病期Ⅳ期に限っていないこと,術前から減量手術を企図したのかあるいは手術の結果で不完全切除となったものなのか不明であること,メタアナリシスなども報告がないことなどより,現時点ではその有用性は不明である。
引用文献
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