1

Ⅱ.非小細胞肺癌(NSCLC)

外科治療

1-1.手術適応

文献検索と採択

(術前呼吸機能・循環器機能評価)

術前呼吸機能・循環器機能評価

(臨床病期Ⅰ-Ⅱ期)

臨床病期Ⅰ-Ⅱ期

(臨床病期ⅢA期)

臨床病期ⅢA期

(臨床病期ⅢA期T4N0-1)

臨床病期ⅢA期T4N0-1
1-1-1.手術適応(術前呼吸機能・循環器機能評価)
推 奨
手術適応の決定には,以下の基本的な心肺機能検査をはじめ,血液・生化学所見や年齢などを総合的に評価・検討することが必要である。

a.呼吸機能評価(spirometry)(グレードA)

b.循環器機能評価(安静時心電図)(グレードA)

エビデンス
a.
呼吸機能検査のspirometryは,拘束性障害や閉塞性障害を評価する方法として確立されている。術前肺機能評価と肺切除後のmortality,morbidityの関連については,1986年の海外からの報告があり1),その他にも術前肺機能評価との関連は検討されている2)が,単一の普遍的な指標はない。術後呼吸機能の評価として,術前呼吸機能評価(spirometry)と肺血流シンチグラフィや肺区域数を用いての予測術後肺機能は,術後実測値と良い相関を示したとの報告があり,術後予測1秒量(predicted postoperative FEV1.0;ppoFEV1.0)≧800 mlなどの指標が参考値として用いられている3)4)。さらに,ppo%FEV1.0およびppo%DLcoと術後の長期予後の強い相関を示した報告もある5)。リスク評価としては,① pre%FEV1.0,pre%DLco,② ppo%FEV1.0,ppo%DLco,③運動負荷試験を指標にアルゴリズムを示した報告がある6)。術前の呼吸訓練は呼吸機能を有意に改善させ,肺癌手術後の在院日数,合併症を有意に減少させる7)
b.
術前検査としての循環器機能検査,特に安静時心電図については,基本的な機能評価として一般的に行われており,症例に応じて種々の負荷試験や超音波検査(心,血管など)などが行われている。これを推奨する根拠となる臨床試験はないものの,肺癌合同登録委員会の2004年手術例の調査では,併存疾患として負荷心電図陽性の虚血性心疾患を2.8%に認め,術後合併症として不整脈を3.3%に認めている8)
 このように,呼吸機能検査と安静時心電図については,臨床的有用性が高く,術前検査として不可欠である。
1-1-2.手術適応(臨床病期Ⅰ-Ⅱ期)
推 奨

a.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌で外科切除可能な患者には外科切除を行うよう勧められる。(グレードA)

b.臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌で外科切除可能な患者に対する術式は,肺葉以上の切除を行うよう勧められる。(グレードA)

c.臨床病期ⅠA期,最大腫瘍径2 cm以下の非小細胞肺癌に対して,画像所見,病変の位置などを勘案したうえで縮小切除(区域切除または楔状切除)を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

d.臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌で外科切除が可能であるが肺葉以上の切除が不可能な患者には,縮小切除(区域切除または楔状切除)を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌に対して外科治療を放射線治療,または化学療法と無作為比較した臨床試験は報告されていない。外科治療が最も肺癌の治癒をもたらす治療であると考えられているのはこれまでの多くの後方視的研究による1)~3)。肺癌外科切除11,663例の検討によれば,全体の5年生存割合は69.6%であり,臨床病期ⅠA,ⅠB,ⅡA,ⅡB期ではそれぞれ82.0%,66.1%,54.5%,46.1%であった3)。最近の報告では定位照射と手術の比較が報告されているが,結果に一定の見解をみず,今後の検討が待たれる4)~6)
b.
米国Lung Cancer Study Groupによって臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する肺葉切除と縮小切除を比較したランダム化比較試験が1995年に報告された7)。この研究によると肺葉切除に比べて縮小切除は局所再発が3倍となり,予後不良の傾向が認められた。人工呼吸器を要する呼吸不全などの重症合併症は肺葉切除に多かったものの,結論としては臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する至適術式は肺葉切除であるとされた。肺葉切除と縮小切除の間で比較された手術死亡率に関する3,270例の外科切除例の検討では,両者に差は認められなかった8)。肺葉切除と区域切除を比較した最近の報告において短期的,長期的成績が同等であると報告されている9)。メタアナリシスでは肺葉切除が区域切除に予後の観点から勝る結果であったが,stageⅠAに限定すれば,同等であると報告された10)。Japan Clinical Oncology Group(JCOG)において縮小切除に関する2つの臨床試験がすでに終了した。第一の試験は胸部CT上,GGOを主体とする画像上の早期肺癌に対する広範囲楔状切除の妥当性を検証するもので,最終解析が行われている。第二の試験は2 cm以下の肺癌に対する肺葉切除と区域切除の無作為比較,第Ⅲ相試験で数年後に最終解析である。いずれの結果も公表が待たれるところである。また65歳以上の患者を対象とした3,147例の報告では縮小切除は肺葉切除に予後の観点から及ばず,肺葉切除を推奨する報告も最近なされた11)。北米のNational Cancer Database(NCD)に基づく13,606例の検討でも同様に肺葉切除を推奨する報告がなされている12)。また胸部CT画像上のスリガラスを呈さない充実濃度のみからなる肺癌に対する縮小切除は局所再発が多いとする報告もみられる13)
c.
臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する標準術式は肺葉切除であるが,これまでに2 cm以下の腫瘍径である肺癌に対して縮小切除を行った研究が報告されている。1つのメタアナリシスでは肺葉切除に対して縮小切除後の予後は劣らないとしているが,それぞれの報告の対象にばらつきがあり,結果に対する解釈に注意するよう結論付けられている14)。2 cm以下の肺癌に対する区域切除55例の報告では,5年生存割合81.8%,局所再発率4%と報告された15)。無作為ではないものの大規模な研究として567例の2 cm以下の肺癌に対して肺葉切除と縮小切除(主に区域切除)を比較したものがある16)。305例の縮小切除群のうち術中にリンパ節転移が認められるか,非完全切除に終わるかなどによって一部の症例は肺葉切除に転換され,その結果230例が縮小切除群に終わった。肺葉切除群と縮小切除群の局所再発と5年生存割合はそれぞれ6.9%,4.9%,そして89.6%,89.1%とほぼ同等の成績であった。また胸部CT上,広範囲にスリガラス濃度を呈する肺癌は病理学的に非浸潤癌であることが報告されており17),この対象に縮小切除を適応する研究も報告されている18)19)。これらスリガラス濃度を呈する肺癌は局所浸潤性に乏しく,縮小切除の中でも広範囲楔状切除でも極めて良好な予後が報告されている。一方で手術後5年以降に局所再発をきたした例も報告されており,現時点ではこれらの対象に縮小切除を適応するに十分な根拠はない20)。米国の肺癌切除例807,748例についての1988~1997年,1998~2004年,2005~2008年の3期間における検討では,縮小切除の生存が改善しているとの報告もある21)
d.
臨床病期Ⅰ期の非小細胞肺癌で術後1秒率40%以下である低肺機能患者に対して縮小切除を行った報告によれば,32例と症例は少ないものの,肺葉切除とほぼ同等の局所再発率と予後であった22)。95例の肺葉切除不能例に対する非外科治療に関する研究では,縮小切除または放射線治療を行うことで,3年生存割合65%と報告された23)。また同じ縮小切除でも広範囲楔状切除は区域切除などの解剖学的切除に比べて術後合併症が少ないことも報告されている24)
1-1-3.手術適応(臨床病期ⅢA期)
推 奨

a.臨床病期ⅢA期非小細胞肺癌の治療方針は呼吸器外科医を含めた集学的治療グループで検討するよう勧められる。(グレードA)

b.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌の診断は組織学的に確認するよう勧められる。(グレードB)

c.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対して外科切除単独療法を行うよう勧められる科学的根拠が明確でない。(グレードC2)

d.臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対して導入療法後に外科切除を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

e.臨床病期ⅢA期T4N0-1非小細胞肺癌に対して外科切除を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
臨床病期ⅢAは様々な集団に予後の観点から分けることができる母集団であり,その治療方針決定のためには呼吸器外科医を含む集学的治療チームによる治療方針の決定が勧められる1)
b.
大規模な後方視的研究で11,663例の肺癌切除例に関する検討が行われた2)3)。このうち800例が臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌と診断されたが,病理学的にN2と診断された症例は436例(54.5%)にとどまった。病理学的にN0,N1と診断された症例はそれぞれ271例(34%),75例(9%)であった。つまり,およそ44%の症例では臨床病期N2というのがoverdiagnosisであったことになる。cN0-1であれば遠隔転移がない可能性が高く,少なからず外科切除の恩恵を被る可能性の高い集団である。したがってN2の組織学的診断をつけることが勧められる。
c.
臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対する外科治療単独により得られる5年生存割合は6~15%と報告されている4)~9)。導入化学療法後の手術において有意に予後が改善するという報告もある9)。一方で臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対する化学放射線療法では同時照射の場合5年生存割合は16%10),最近の別の研究では17.5~19.8%と報告されており11),外科治療の単独適応は勧めるだけの根拠はない。
d.
臨床病期ⅢA期N2非小細胞肺癌に対する標準治療とされる化学放射線療法の後に外科切除を加える意義を問う試験が報告された12)13)。Primary endpointである全生存割合においていずれの研究でも外科切除によって改善を認めなかった。このため集学的治療に外科切除を加えることに明確な根拠はないといえる。その中でNorth America Intergroup 0139の探索的検討によると肺葉切除で完全切除された集団では予後良好の傾向が認められた12)。米国NCDの83,913例のStage ⅢA N2非小細胞肺癌の治療成績に関する報告では,外科切除を含んだ集学的治療がその他の外科を含まない治療に比べて予後は良好であった14)。また別のNCDに基づく11,242例のⅢA N2非小細胞肺癌に関する報告では各種集学的治療の中で術前化学放射線療法後の肺葉切除群が予後良好であるとされた15)。同様の結果が後ろ向き研究でも報告されている16)。最近報告されたメタアナリシスでは集学的治療における外科切除を加える意義を報告している17)
 導入療法としての化学療法に関してはその有効性がメタアナリシスで示されている18)。Swissのグループが行った術前化学療法と術前化学放射線療法とのランダム化比較試験で予後に差を認めなかった19)
e.
T4N0-1非小細胞肺癌に対する外科治療の適否についての検討は,これまでランダム化比較試験はなく,主として比較的少数例でのケースシリーズやシステマティックレビューでの報告に基づく。比較的高い合併症発生率と期待されるべき長期予後とのバランスを考慮したうえでの判断となり,慎重に選択された患者にのみ適応されるべきである。浸潤臓器,合併切除臓器,浸潤の程度などにより,手術の難易度と安全性,治療成績は異なるため,それぞれに応じて切除適応を検討する必要があるが,完全切除(R0)とN0-1であることはほぼ共通した予後良好因子であり,切除を考慮する対象となり得る。大動脈合併切除では,致命的合併症発生率は0~12%であり,5年生存割合は37~48%と報告されている20~22)。なかでも,特にN0-1では長期予後が期待でき,良い適応とされている。また,近年では大動脈ステントグラフトを術前に挿入し,人工心肺を使用せずに安全に切除する方法も報告されている23)
 左房合併切除は,単施設から30例以上の報告もあり24~26),T4肺癌の中では比較的多く行われている術式である。致命的合併症発生率は0~10%,5年生存割合が16~46%と比較的良好な治療成績が報告されている20)25~28)。左房においても同様にN0は予後良好因子である25)26)28)
 上大静脈合併切除においては単施設から40例以上の比較的まとまった症例数での報告が複数ある25)29)30)。致命的合併症発生率は4~10%,5年生存割合は24~31%であり,やはりN2は予後不良因子である25)29~31)
 分岐部合併切除の致死的合併症は約3~20%であり,最近の64例の報告では,5年生存割合は病理病期により,pN0で70%,pN1で35%,pN2で9%と報告されている32)~36)
 横隔膜合併切除では,致死的合併症発生率は1.6~4.4%38)40),5年生存割合は19~42.6%37)~39)と報告されている。JCOG肺癌外科グループの報告では,完全切除例の5年生存割合は22.6%であったのに対し,非完全切除例では0%,病理病期ではpN0の5年生存割合は28%であったのに対し,pN1で20%,pN2で0%であった38)
 最近の日本肺癌登録合同委員会報告では,浸潤するT4臓器により5年生存割合に有意差はなく,T4N0で70歳未満であれば,5年生存割合は50%を超えると報告されている41)
引用文献

術前呼吸機能・循環器機能評価

臨床病期Ⅰ-Ⅱ期

臨床病期ⅢA期

(T4N0-1非小細胞肺癌)

1-2.リンパ節郭清

文献検索と採択

リンパ節郭清
1-2.リンパ節郭清
推 奨
切除可能な非小細胞肺癌に対しては,肺門縦隔リンパ節の郭清を行い,病理学的評価を行うように勧められる。(グレードB)
エビデンス
 リンパ節の評価には,リンパ節を周囲脂肪組織とともに一塊として摘出する系統的リンパ節郭清,原発部位により郭清範囲を省略する選択的リンパ節郭清,任意のリンパ節のみ摘出するサンプリングなどが挙げられるが,本邦での明確な定義はない。
 リンパ節郭清とサンプリングを比較したランダム化試験1)~3)を引用した848例の小規模なメタアナリシスの結果,リンパ節郭清による予後の改善が証明された(HR 0.78,95%CI:0.65-0.93)4)。しかし,これまでに行われた最大規模のランダム化比較試験であるAmerican College of Surgery Oncology Group(ACOSOG)Z0030試験では,T1-2N0-1(肺門部リンパ節を除く)症例を対象に系統的リンパ節郭清群とサンプリング群の治療成績が比較検討され,系統的リンパ節郭清群と系統的サンプリング群の生存期間中央値ならびに無再発5年生存割合はそれぞれ,8.5年と8.1年,68%と69%で,系統的リンパ節郭清による有意な治療成績の改善は認められなかった5)。また系統的リンパ節郭清群の手術時間はサンプリング群に比べ,15分程度長いに過ぎず,術後の合併症発生率や手術関連死亡率にも差がなかった6)。近年,このACOSOG Z0030試験を含めたメタアナリシスが報告されており,Huangらは,全生存割合,局所再発率,遠隔転移率,合併症発生率で有意差を認めなかったとしているが7),Mengらは,8つのコホート研究による解析では,系統的郭清群はサンプリング/選択的郭清群より,全生存割合,無再発生存割合の双方において有意に良好,4つのランダム化比較試験での解析では有意差はないものの,系統的郭清群で予後が良い傾向にあったとしている8)
 以上より,系統的郭清が予後に与える影響についてはそれぞれ両論があり,さらに各試験において,症例数や試験デザインに議論の余地があり,リンパ節郭清の予後に与える影響については科学的根拠が明確であるとはいえない。一方,ACOSOGのランダム化比較試験にてサンプリング群ではN2の4%が見落とされており6),正確な病理病期の決定のためにはリンパ節郭清を行うように勧められるためグレードBとした。
 近年,Lobe-specific lymph node dissection(いわゆる選択的リンパ節郭清)が,特に日本国内で広く行われており,2004年の日本肺癌登録データによる解析によると,リンパ節郭清を伴う肺葉切除以上にて完全切除された5,392例の臨床病期Ⅰ-Ⅱ期の非小細胞肺癌において,23.5%に選択的郭清が,76.5%に系統的郭清が行われていたとの実態が報告されている9)。選択的郭清については,単施設からの非ランダム化試験結果が報告されており,臨床病期Ⅰ期,N0症例を対象としたOkadaらの研究では,選択的郭清群は系統的郭清群に比較して,全生存割合,無再発生存割合で統計学的に有意差を認めていない。一方で,術後合併症は有意に系統的郭清群で多かったとしている10)。臨床病期Ⅰ-Ⅲ期を対象としたPropensity matching法による比較研究においても,両群間において予後に有意差は認められなかった11)。また,Hishidaらの日本肺癌登録データでの解析研究では,propensity scoreを用いた比較検討を行い,両群間で予後に差がなく,特に全病期,pN0では選択的郭清群においては予後が良好であった(HR 0.68,95%CI:0.60-0.77)9)。しかし,一方で系統的リンパ節郭清症例において,選択的郭清では省略される領域の縦隔リンパ節転移が3.2%に認められ,安易な郭清省略は局所再発をきたす原因になる可能性がある。実際,Maniwaらは後方視的研究において,併存疾患等,患者理由による選択的郭清は有意に局所再発をきたすとの報告をしている12)。これまでの報告では,研究毎に,多施設による後方視的研究では施設毎に,本術式の定義や適応病期,術中リンパ節の迅速評価の有無,郭清省略範囲などの実際の手術手技が異なっており,その適応と方法は慎重に検討すべきである。現在,日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)において,臨床病期Ⅰ-Ⅱ期非小細胞肺癌に対する選択的リンパ節郭清の臨床的意義に関するランダム化比較試験(JCOG1413)が行われており,本術式の意義についてはその結果を待つ必要がある。
引用文献

1-3.T3臓器合併切除(肺尖部胸壁浸潤癌以外)

文献検索と採択

T3臓器合併切除(肺尖部胸壁浸潤癌以外)
1-3.T3臓器合併切除(肺尖部胸壁浸潤癌以外)
推 奨

a.臨床病期T3N0-1M0の胸壁浸潤非小細胞肺癌には,胸壁合併切除術を行うよう勧められる。(グレードB)

b.心膜に浸潤した臨床病期T3N0-1M0非小細胞肺癌には,それぞれの合併切除を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
胸壁合併切除術の手術死亡率は0~7.8%で1)~6),合併症発生率は19~44%と報告されている1)~3)。胸壁合併切除術を施行した肺癌の予後因子として,完全切除,リンパ節転移,胸壁浸潤の程度が挙げられている。完全切除症例は不完全切除症例より予後が良好である3)~6)。胸壁浸潤肺癌334例の検討で,完全切除例(n=175)の5年生存率が32%であったのに対し,非完全切除例(n=94)では4%と報告されている4)。完全切除可能であれば壁側胸膜切除と骨性胸壁切除の差はないとする報告が多い3)4)7)8)。リンパ節転移に関しては,pN0症例の5年生存率は25~67%であるのに対し,pN1では症例数が少ないものの20~100%,pN2症例では6.2~20.5%と報告されている1)~8)。日本肺癌登録合同委員会報告では胸壁浸潤407例の5年生存率はpN0 49.1%(n=299),pN1 36.5%(n=43),pN2 20.5%(n=65)で,pN2がpN0に比較して有意に予後不良であった8)。胸壁浸潤の程度に関しては,壁側胸膜のみの浸潤例が胸壁軟部組織や骨性胸郭浸潤例より良好であるという報告もあるが1)5),pN0症例では胸壁浸潤の程度は予後に影響しないと報告されている8)。なお,上記文献はいずれも術後病理病期で記載されており,臨床病期で検討されている論文はない。本症を対象とした手術以外の治療法との直接の比較試験はないが,他の治療法との差異は明かであるため臨床病期T3N0-1M0症例の胸壁合併切除術は推奨グレードBとした。ただし,縦隔リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前病理検査にてN2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。
b.
心膜合併切除例の5年生存率は15.1~54.2%であり8)~10),pT3に限れば比較的良好な報告もある。しかし91例の心膜浸潤症例の後方視的研究では,全体の5年生存率15.1%と予後不良であった9)10)。うち32例が心膜単独浸潤(T3)で59例は肺静脈,心房浸潤(T4)を伴っていたが,T3,T4間に予後の差を認めなかった。N0は12例(13.2%),N1は31例(34.1%),N2は48例(52.8%)と,心膜浸潤症例ではリンパ節転移の頻度が極めて高く,肺全摘の頻度も高かった。なお,上記文献はいずれも術後病理病期で記載されており,臨床病期で検討されている論文はない。臨床病期T3N0-1M0横隔膜,心膜浸潤肺癌切除例の予後は,最近の報告で改善はみられるものの依然不良であり,推奨グレードはC1とした。ただし,縦隔リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前病理検査にてN2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。
引用文献

1-4.気管支・肺動脈形成

文献検索と採択

気管支・肺動脈形成
1-4.気管支・肺動脈形成
推 奨
気管支・肺動脈形成が可能であれば,肺全摘を避けるために行うよう勧める。(グレードB)
エビデンス
 ランダム化比較試験はないが,腫瘍が中枢進展しているか,肺門リンパ節転移のために肺全摘または気管支・肺動脈形成術が可能な場合,気管支・肺動脈形成術後の局所コントロールは肺全摘と同等であり1),かつ予後はⅠ期・Ⅱ期2)3)および,pN02),N13)4)症例について肺全摘術と同等かそれ以上と報告されている1)~5)。気管支形成の手術死亡率は0.9~5.9%1)~11),術後合併症率17.9~49%2)~10),吻合不全率1.9~6.9%1)~4)9),局所再発率2.5~8.9%1)7)9)と報告されている。
 Wedge切除の局所再発率は8.9%,BPFは1.6%,術死は3.7%で管状切除と変わらないとの報告がある11)
 肺動脈形成は単独および気管支形成同時であっても,安全性・有効性が報告されている5)8)10)12)~14)
 肺全摘を避けるために行う複雑気管支形成術の有効性も報告されている9)15)~17)
 Induction後の気管支形成の安全性・有効性が報告されている17)~20)。術前化学療法群17)~20)と化学放射線療法群17)18)と通常の気管支形成群との比較で,術死亡,術後合併症,また吻合部合併症に差がないという報告がある17)~20)。また予後に関しては,Induction群で全摘症例やInductionのない症例より良好という報告がある19)20)。術前放射線治療が術死,吻合合併症に影響したという報告もある8)
引用文献

1-5.同一肺葉内結節

文献検索と採択

同一肺葉内結節
1-5.同一肺葉内結節
推 奨
同一肺葉内結節で転移(PM1)もしくは多発肺癌を疑うcN0症例においては,手術を行うよう勧められる。(グレードB)
エビデンス
 転移を有する非小細胞肺癌に対する手術の有無についての比較臨床試験は行われていない。
 肺癌登録合同委員会で登録された1994年の肺癌手術症例7,408例のうち,6,525例の非小細胞肺癌の解析(ver.6)が行われ,同一肺葉内転移(PM1)317例,他肺葉転移(PM2)128例の予後解析が報告された1)。5年生存率は,PM0(n=6,080)55.1%に対し,PM1は26.8%,PM2は22.5%であった。PM1症例について,リンパ節転移の有無別に解析すると,N0,N1,N2症例での5年生存率は,45.8%,25.3%,11.1%であり,N0群とN1群(P=0.0176),N1群とN2群(P=0.0114)に有意差が認められた1)。同様に40例以上の解析がなされた報告では,PM1の術後5年生存率は30~58%と報告され2)~9),特にリンパ節転移陰性症例では概ね50%以上であることが報告され5)6),比較的予後が期待できる集団と考えられる。
 これらは術後の病理病期での解析であるが,術前検査において同一肺葉内転移が疑われる症例において,手術の結果その結節が転移でない場合も少なからず認められ10),正確な診断のためにも手術が勧められる。また,多発癌との鑑別が困難なこともあり,リンパ節転移のない症例においては,手術を行うよう勧められる。これらは比較試験ではなく,エビデンスレベルとしてはⅣであるが,肺癌登録合同委員会から出された大規模な後方視的観察研究の臨床的有用性は高く,推奨グレードBとした。
 なお,リンパ節転移を有すると考えられる症例,特に術前検査にて組織学的N2と判明した症例については,その予後不良が予測されることより,手術単独療法は施行すべきではない。
引用文献

1-6.他肺葉内結節

文献検索と採択

他肺葉内結節
1-6.他肺葉内結節
推 奨

a.他肺葉内結節で,多発原発性肺癌を疑う症例においては,外科治療を考慮してもよい。(グレードC1)

b.他肺葉内結節で肺内転移(PM2,3)を疑う症例においては,手術を勧める科学的根拠が明確でない。(グレードC2)

エビデンス
a.
肺癌登録合同委員会で登録された1994年の非小細胞肺癌6,525例(ver.6)のうち,同一肺葉内転移(PM1)317例,他肺葉転移(PM2)128例の5年生存率は,PM0(n=6,080)55.1%に対し,PM1は26.8%,PM2は22.5%であった。多発肺癌と肺内転移の鑑別診断基準には,多くの論文においてMartini and Melamedの基準が用いられている1)。複数の後方視的検討で縦隔リンパ節転移がない症例については5年生存率が29~69.6%と比較的良好な成績の報告もある2)~4)。また,他肺葉内結節で,多発原発性肺癌を疑う症例においては,5年生存率が23.4~69.6%と外科治療が良好な成績を得たとの報告もある4)~6)。しかしながら,術前診断において特に同じ組織型の場合には,転移との鑑別は必ずしも容易ではない。近年の遺伝子診断技術の向上により,臨床的鑑別診断に加え,分子生物学的診断によるclonalityの評価がなされつつあるが7)~16),確立するには至っていない。
b.
PM2を除いたM1症例の5年生存率は20.5%であり,PM2症例と有意差は認められなかった(P=0.434)17)。また,その他の報告においても,他肺葉の肺内転移(PM2,3)の症例に対する切除成績は,PM1に比較し予後不良である報告が多く18)~20),手術を勧める科学的根拠は明確でない。
引用文献

1-7.異時性多発癌

文献検索と採択

異時性多発癌
1-7.異時性多発癌
推 奨
異時性多発肺癌に対しては,耐術能があれば外科治療を考慮してよい。(グレードC1)
エビデンス
 異時性多発癌に対する治療では,外科治療で良好な成績を得たとの報告が多い1)~8)。一次癌からの5年生存率は31.6~73%であり3)4),手術関連死は1.4~7.0%2)8)であった。肺切除法としては,肺機能が許せば肺葉切除が良好であったとの報告があり,5年生存率は肺葉切除,縮小切除,完成肺全摘術において,それぞれ57.5,36,20%であった5)。一方,縮小手術でも同等の成績を示したとの報告がある4)7)。完遂肺全摘術に関しては,他の切除法と同等であったとの報告1)3)と予後不良因子であったとの報告2)5)がある。再発肺内転移との鑑別診断に関しては,同一組織型であっても遺伝子分析にて可能であったとの報告9)~12)もあり,今後さらに臨床応用されることが期待される。耐術能がない異時性多発肺癌患者に対しては,体幹部定位放射線治療(SBRT)により,重篤な有害事象を発症することなく,2年生存率68.1%13),3年生存率62%14)と良好な成績を得たとの報告もある。
引用文献

1-8.胸腔鏡補助下肺葉切除

文献検索と採択

胸腔鏡補助下肺葉切除
1-8.胸腔鏡補助下肺葉切除
推 奨
臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対する胸腔鏡補助下肺葉切除は,科学的根拠は十分ではないが行うことを考慮してもよい。(グレードC1)
エビデンス
 胸腔鏡補助下手術(video-assisted thoracic surgery;VATS)の定義には様々な解釈がある(下記参照)。本項ではアプローチ手技を問わず胸腔鏡を用い肺葉切除したものをVATS肺葉切除術として取り扱った。臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術については,小規模ではあるが2つのランダム化比較試験が報告されている。1つは臨床病期Ⅰ期の非小細胞肺癌55例についてランダム化割り付けを行い,標準開胸肺葉切除(n=30),またはVATS肺葉切除(n=25)を比較したものであるが,手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,術後疼痛に関しては両群間で有意差はなかった1)。他方は臨床病期ⅠA期非小細胞肺癌100例を標準開胸肺葉切除(n=52)とVATS肺葉切除(n=48)に分けて比較したところ,郭清リンパ節個数,リンパ節転移頻度,再発率,5年全生存率では両群間に差を認めなかったとの報告である2)。この2つのランダム化比較試験と19の非ランダム化試験のメタアナリシスの結果が報告され,VATSと開胸手術では手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,肺瘻の遷延,不整脈,肺炎,手術死亡,局所再発の頻度に有意な差はなかった3)。しかしながら,VATS群のほうが有意に遠隔転移が少なく5年生存率も良好であったため,早期非小細胞肺癌患者に対してVATSによる肺葉切除術は適切な手技であると結論付けた。さらに別のメタアナリシスの結果では5年生存率で比較した場合,VATS群でより長期予後が得られると報告された4)。Ⅰ期非小細胞肺癌の手術例のメタアナリシスではVATS群は開胸群と比較して5年生存率でより長い予後,少ない合併症であることが判明し,VATSは早期肺癌に対する治療として効果的で安全なアプローチであると結論された5)。低肺機能の患者の肺葉切除における術後急性期の安全性について検討したメタアナリシスによると,VATS群で有意に肺合併症が少なかった6)
 前方視的研究としては,VATS肺葉切除術の妥当性を検討した多施設共同試験(CALGB39802)の結果が報告されている7)。1998~2001年に3 cm以下の肺癌128例が集積され,VATS肺葉切除術が完遂されたものは86.5%(96例)であった。30日以内の手術死亡は3例(2.7%)でVATS手技に関連するものはないことから,VATS肺葉切除は受け入れられると結論した。また,サンプル数は66例と少ないが,肺葉切除における系統的リンパ節郭清について開胸とVATSを比較したランダム化比較試験が報告されている8)。2008~2011年に単一施設で臨床Ⅰ期非小細胞肺癌の系統的リンパ節郭清を行い,郭清個数は差がなかったが,手術時間はVATS 187分,開胸158分と手術時間はVATSで有意に長かった。これにより縦隔郭清は開胸と同じくVATSでも十分行うことができ,視野はむしろVATSのほうが良好である。術後疼痛とQOLに関してVATSと開胸を比較したランダム化比較試験がLancet Oncologyに報告されている9)。臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌における葉切除でVATS群(102例)は開胸群(99例)と比較して術後疼痛が少なく,QOLも良いことが示された。
 多施設における解析としてSociety of Thoracic Surgeons(STS)databaseをもととしたVATSと開胸手術の比較が報告されている10)。2002~2007年の手術例6,323例を後方視的に解析している。死亡率の差はないものの合併症発生率,すなわち術後不整脈,再挿管,輸血,在院日数,ドレナージ期間は開胸手術群に比べてVATS群で有意に少なかった。同じくSTS databaseを用いてnodal upstagingと予後について報告されている11)。2007~2011年までの臨床病期Ⅰ期で肺葉切除を受けた非小細胞肺癌症例1,513例のうち,18.6%(281例)でnodal upstagingを認めたが,開胸群で有意に高頻度であった(開胸24.6% vs VATS 11.9%)。OSは有意差はなかった。さらに周術期合併症について,上述のSTS databaseおよびESTS databaseからVATSと開胸を比較した報告がある。いずれもVATS群で周術期合併症が有意に少なく,在院日数も少なかった12)13)
 その他の後方視的な報告として,臨床病期ⅠA期非小細胞肺癌に対する肺葉切除術後の再発と第二癌の発生をVATS群520例と開胸群652例で比較検討したものがある14)。年齢,病期,性別,組織型,腫瘍存在部位,同時多発癌を調整した場合にはVATS群で再発が有意に少なかった(OR 0.65,P=0.01)。その他の比較的大規模な検討でも心房細動,無気肺,肺瘻,肺炎などの術後合併症の頻度がVATSで少なく,胸腔ドレーン挿入期間,術後在院日数が短いとの報告がみられる15)~17)
 長期予後についての検討も多数報告されている。MD Andersonからの報告では臨床病期Ⅰ期のconsecutiveな肺葉切除症例(VATS 307例,開胸656例)において短期,長期予後を検討し,VATS群で周術期合併症が少なかったが,OS,DFSには差がなかった18)。Duke大学の肺葉切除症例(VATS 610例,開胸477例)の検討では,開胸群のほうが腫瘍径が大きく,stageも進んでいた。多変量解析では開胸,年齢,病理病期,男性が予後不良因子であった。propensity matchingによると術式はOSに影響せず,予後不良因子は年齢,病理病期,男性となった19)。これらの報告からVATSは長期予後において開胸手術と変わらないと結論される。
 治療リスクに関するものとして,低肺機能患者の肺葉切除におけるVATSと開胸の比較について報告されている20)。前述のSTS databaseで2009~2011年に施行された肺葉切除症例13,376例(開胸6,802例,VATS 6,574例)で予測残存1秒量または予測残存DLCOが低値の場合,合併症率や死亡率は開胸群で高くなる(propensity matched,4,125例ずつ)。よってVATS lobectomyは開胸と比較して低肺機能の患者においてmorbidity,mortalityを下げる。一方,VATSのほうがリスクが高いという報告もある21)。HCUP-NIS databaseを用いた後方視的研究で2007~2010年までに肺葉切除をした24,253例(開胸19,030例,VATS 5,223例)における周術期死亡に対する術後合併症のタイプを検討し,VATSにおいて心血管系の合併症が死亡率に強く関係しているという結果であった(OR 2.19,P=0.001)。VATS lobectomyにおいて術後心血管合併症をきたした場合は,開胸術後よりもさらに慎重に対応すべきと思われる。
 VATS手術における術中の重篤な合併症に関して報告がある。ヨーロッパの6つのセンターでの前方視的研究では3,076例のVATS肺切除症例を解析した22)。術死3例,在院死43例(1.4%)で,重篤な合併症は46例(1.5%)に認め,気管支血管を誤って切離,消化管損傷,中枢気道損傷,追加の手術を要するような合併症,生命に危険が及ぶ合併症などであった。在院死の23%は術中の重篤な合併症に関連していた。VATSから開胸へのconversionは5.5%(170例)に認め,その理由としては腫瘍学的(22%),手技的(30%),合併症(49%)であった。血管損傷は2.9%(88例)あり,そのうち70例がcoversionした。Washington大学からの報告では2004~2012年の肺癌肺葉切除症例1,227例のうち,VATS完遂群517例(42%),VATSから開胸した群(conversion)87例(7%),開胸群623例(51%)となり,3群間で比較した23)。Conversionの原因は出血(25%),癒着/腫瘍(64%),リンパ節(9%)であった。また韓国からのVATS lobectomy施行中の予期せぬconversionを要した症例の検討では,conversionの原因はリンパ節の固着(28%),血管損傷(20%),腫瘍の浸潤(11%)であった24)。Conversionを要した69例とVATS例を1:3で割付し2群間を比較,術後合併症や在院死亡に差はなかったが,呼吸器合併症はconversion群で多く認めた。これらの報告からVATS手術中に腫瘍学的または手技的に困難であれば開胸へのconversionは躊躇せず,速やかに行うべきである。
 さらに新しい手技としてrobotic surgery25)やsingle port VATS26)の報告が増えている。
 臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術について混乱を生じているのは,VATSアプローチの定義自体があいまいな点である。そのアプローチにはモニター視のみの完全鏡視下と,直視を併用するもの,いわゆるHybrid VATSがある27)。皮切長,皮切の数,肋間開大(開胸器併用)の有無など様々な方法が施設毎に採用され,完全鏡視下であっても手術の質向上のために直視下触診を用いるものもある。その手術成績などについては,その区別なく論じられている場合がほとんどである。さらにVATSが開胸手術に比較して,予後,侵襲性,安全性に関して,同等ないし優れていると肯定的な研究は多いものの,これらの報告の多くは単施設の後方視的な解析に基づくものであり,十分な症例数を有したランダム化比較試験はなく,確定的な結論は出ていない。VATSアプローチの定義が難しいため,今後も大規模なランダム化比較試験の実施は困難であると予想される。2009年の日本胸部外科学会年次調査結果によれば,肺癌に対する23,520例の全肺葉切除術の50%以上,12,008例にVATS肺葉切除術が施行されている28)。このように臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対するVATS肺葉切除術は,実地医療の場ではランダム化比較試験を経ずに頻用されており,その推奨グレードをC1とした。
引用文献

1-9.術後経過観察

文献検索と採択

術後経過観察
1-9.術後経過観察
推 奨

a.外科切除後の非小細胞肺癌に対しては定期的な経過観察を行うよう勧められる。(グレードB)

b.非小細胞肺癌術後の患者には禁煙と禁煙の支援が強く勧められる。

エビデンス
a.
肺癌術後経過観察は科学的根拠に則り,経済的影響を十分に考慮しながら行う必要がある。しかし臨床研究の結果に乏しく科学的根拠に基づいた観察法は示されていない。
 肺癌術後再発予後は経過観察法,すなわちintensiveに経過を追うかどうかによっては改善されないとの報告がなされている1)~3)。Virgoらの1995年の論文は単一施設でintensive群とnonintensive群を後方視的に解析した研究であるが,intensive群のほうがnonintensive群に比べ0.53年生存期間が延長していたものの,有意差はなかった2)。一方でintensiveに経過観察した場合,生存率が改善するとの報告4)もある。さらにintensiveな経過観察により他疾患の治療が容易になるとの立場もある3)。しかし肺癌完全切除後に無症状で再発が発見される症例は9.2%,さらに治療が行われたのが全体のわずか3%未満という結果から,無症状症例に積極的なスクリーニングを行うのは,費用対効果の面からも必要ないとの研究もある3)。早期の非小細胞肺癌に対する経過観察間隔に関してはEuropean Society for Medical Oncology(ESMO)のガイドラインでは,2,3年までの半年毎の受診(問診・診察)と12カ月,24カ月時点でのCT撮影を推奨している5)
 明確に推奨する根拠はないものの術後経過観察は日常診療としてなされ,患者のニーズが明確に存在する。また受診による術後合併症の発見,患者の状態の把握,精神的支援などの側面もある。さらに異時多発癌は病理病期Ⅰ期においても1.99/100人年で発生し,切除例の予後は非切除例より良好であった(P=0.003)との報告6)があり,その点も考慮し推奨グレードをBにした。経過観察期間に関しては5年以降では再発は減少7)し,予後は良好8)との報告がある一方で,スリガラス陰影を呈する肺癌でも5年以降に再発したとの報告9)もあり,今後の検討を要する。
 CTについては海外の複数のガイドラインではCTを推奨しており5)10)~12),経過観察には低線量らせんCTが有用との報告13)や,半年毎に胸部CTを行った群の予後が良好であったとの報告14)があるが,術後経過観察における術後CTの予後に対する影響は明らかではない。PETについても術後再発の検出に有用か否か検討が不十分であり15)16),またsurvival benefitが示されていないことからESMOのガイドラインではむしろ推奨しないとされている5)
b.
術後の禁煙については強固なエビデンスは存在しないが,禁煙は肺癌のみならず,あらゆる疾患の予防のためにも,肺癌学会として強く推奨する。
引用文献

1-10.低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)

文献検索と採択

低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)
1-10.低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)
推 奨
切除可能な低悪性度肺腫瘍(カルチノイド,粘表皮癌,腺様嚢胞癌)は,非小細胞肺癌に準じた外科治療を行うよう勧められる。(グレードA)
エビデンス
 カルチノイドについてはInternational Association for the Study of Lung Cancer(IASLC)のデータベースから集積した513例の手術症例で,5年,10年生存率が各々pN0で92%,84%,pN1で68%,54%,pN2で64%,0%であった1)。またSurveillance Epidemiology and End Results(SEER)のデータベースから集積した1,437例の手術症例では,5年生存率がpN0で92%,pN1で81%,pN2で74%であった1)。カルチノイドに対する手術療法は,非小細胞肺癌の同じ病期のものと比較しても成績が良好である。García-Yusteらの手術症例の報告2)では,定型的カルチノイド569例の5年生存率は,pN0で97%,pN1で100%,pN2で100%,非定型カルチノイド92例での5年生存率は,pN0で83%,pN1で61%,pN2で60%でカルチノイドに比し非定型カルチノイドの予後は不良であった。術式については,1973~2006年までに集積した3,478例の後方視的研究で中間生存期間は,肺葉切除以上群で84カ月,縮小手術群で67カ月で,propensity scoreを用いた解析では定型的カルチノイドであれば縮小手術も許容できるとの報告もある3)。また2000~2007年までの3,270例の解析によれば,定型的カルチノイド3,084例,非定型カルチノイド186例に対し肺葉切除1,669例,縮小手術784例が行われ,多変量解析で疾患特異的生存において縮小手術は肺葉切除に対して非劣性が示された4)。カルチノイドにおける縮小手術の有用性を示す前方視的研究はない。
 非定型カルチノイドのみを集積した検討では,浸潤性が高いため標準切除とリンパ節郭清が重要とする報告や5)~7),335例の手術で3年生存率までは肺葉切除と縮小手術との差がない一方で,放射線照射は死亡率が高いとする報告もあり8),手術が一般的に推奨されている。
 最近のSEERデータベースでは,生検でカルチノイドとされたN0症例4,110例において,全5年生存率が肺葉切除で93%,縮小手術で92%,非切除で69%,疾患特異的生存率は肺葉切除で97%,縮小手術で98%,非切除で88%であった。非切除群の疾患特異的生存率も良かったため,高リスク患者では,無症状例の経過観察や,中枢発生有症状例の気管支鏡処置は考慮してよいと報告されている9)。気管支カルチノイドでは112例の初回経気管支鏡的処置例(全例観察期間5年以上)において,42%の患者が再発を認めず手術を回避し得たため,との報告がある10)
 粘表皮癌は肺癌全体の0.1~0.2%を占める稀な腫瘍である。組織学的に低悪性度腫瘍,高悪性度腫瘍に分類される11)。一般的に低悪性度のものは予後良好で,高悪性度のものは予後不良とされている。Vadaszらは低悪性度腫瘍5例の5年生存率は80%,高悪性度腫瘍では44%にリンパ節転移が認められ,5年生存率は31%であったと報告している12)。またChinら13)は完全切除症例の10年生存率は87.5%であったのに対し,不完全切除症例では長期生存は認められなかったと報告している。
 腺様嚢胞癌は完全切除での5年生存率が73~91%と報告され14)~16),後方視的研究ではあるが手術例は非切除例よりも良好な成績で,さらに不完全切除の場合でも非切除例より予後が良好であり,完全切除と差がないとする報告もある15)16)
 これらの腫瘍は前方視的比較試験の結果がないものの,一般に手術が行われており推奨グレードをAとした。
引用文献
このページの先頭へ