3

Ⅱ.非小細胞肺癌(NSCLC)

周術期
*病期について
本ガイドラインの病期は肺癌取扱い規約第8版に準じているが,収載されているエビデンスは第7版もしくはそれ以前の病期分類に従っている。

本文中に用いた略語および用語の解説

CDDP シスプラチン
DTX ドセタキセル
OS 全生存期間
UFT テガフール・ウラシル配合剤
VDS ビンデシン
VNR ビノレルビン
IALT International Adjuvant Lung Cancer Trial Collaborative Group
ANITA Adjuvant Navelbine International Trial Association

文献検索と採択

(術前治療・術後補助化学療法)

術前治療・術後補助化学療法

3-1.術前治療

GRADE
CQ1.臨床病期Ⅰ-ⅢA期に対して術前プラチナ製剤併用療法は勧められるか?
推 奨
臨床病期Ⅰ-ⅢA期に対して術前プラチナ製剤併用療法を行うよう提案する。(2B)
解 説
 術前補助化学療法については,臨床病期Ⅰ-ⅢA 期を対象としたメタアナリシスによって外科治療単独と比べ,生存期間を延長することが示されている1)。レジメンはこれまで多くの試験でプラチナ製剤併用療法が採用されている。小規模なランダム化第Ⅱ相試験ではあるが,本邦において臨床病期Ⅰ-Ⅱ期に対する術前補助化学療法として,DTX単剤とCDDP+DTX併用療法との比較が行われ2),ⅠB-Ⅱ期を対象とした早期非小細胞肺癌を対象にしても併用療法の有用性が確認されている。化学療法の時期については,術前補助化学療法と術後補助化学療法を比較したメタアナリシスでは同等の有効性が示されている3)。しかし,術後補助化学療法のエビデンスが術前補助化学療法よりも早く確立したことから,術前補助化学療法の第Ⅲ相試験が早期中止され,エビデンスの質・量ともに術後補助化学療法のものと比較して十分でない。術後補助化学療法については治療対象や推奨されるレジメンが明確であることから,実地臨床においては(特に早期症例では)まず外科治療を行い,術後病理病期に従って術後補助化学療法の適応を検討することが多い。
 以上より,術後補助化学療法と比較して,術前補助化学療法のエビデンスの質・量は十分でないことに留意する必要があるが,臨床病期Ⅰ-ⅢA期に対して術前プラチナ製剤併用療法は行うよう勧められる。エビデンスレベルはB,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2で推奨)できると判断し,推奨度は2Bとした。
GRADE
CQ2.肺葉切除可能な臨床病期ⅢA期(N2)に対して術前化学放射線療法は勧められるか?
推 奨
肺葉切除可能な臨床病期ⅢA期(N2)に対して術前化学放射線療法を行うよう勧めるだけの根拠が明確でない。(推奨なし)
解 説
 切除可能・病理組織学的に確認されたN2例に対し,化学放射線療法と導入化学放射線療法後の外科切除を比較した第Ⅲ相試験のINT0139試験では,外科切除による生存期間延長は示されなかった4)。サブグループ解析では肺葉切除された症例では外科切除追加の有用性が示唆されているが,事前に準備された解析ではないため,解釈には注意が必要である。本邦でも同様の対象について,術前化学療法と術前化学放射線療法を比較する第Ⅲ相試験が行われたが5),症例集積が進まず有効性については十分な評価ができなかった。
 以上より,肺葉切除可能な臨床病期ⅢA期(N2)に対して術前化学放射線療法は,忍容性は示されているものの,有効性に関するエビデンスの質が不十分であることから,現時点では行うことを支持する・否定するための根拠が明確でない。ガイドライン検討委員会薬物療法及び集学的治療小委員会(作成班)での投票の結果,推奨度は評価不能と判断したが,一部の委員からは行うことを弱く推奨する,という意見もあった。下記に,ガイドライン検討委員会薬物療法及び集学的治療小委員会(作成班)において推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
評価不能・推奨なし 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
0% 8% 92% 0% 0%

3-2.術後補助化学療法

GRADE
CQ3.病変全体径2 cm以上の術後病理病期ⅠA,ⅠB期(第8版)完全切除,腺癌症例に対してテガフール・ウラシル配合剤療法は勧められるか?
推 奨
病変全体径2 cm以上の術後病理病期ⅠA,ⅠB期(第8版)完全切除,腺癌症例に対してテガフール・ウラシル配合剤療法を行うよう推奨する。(1A)
解 説
 Ⅰ-Ⅲ期を対象にCDDP+VDS+テガフール・ウラシル配合剤(UFT)とUFT,手術単独の3群についての比較試験を行い,5 年生存割合でUFT群は64%と,手術単独群の49%と比し有意に良好であった6)。その後,Ⅰ期肺腺癌に対するUFTの効果を検討する第Ⅲ相試験が行われ,全体では3%(85%→88%),ⅠB期(T>3 cm)においては11%(74%→85%)の上乗せ効果が認められた7)。これらに,4つの臨床試験を加えて行われたメタアナリシス(2,003 症例;腺癌84%,非腺癌16%)の結果,全体で5%(77%→82%)の5 年生存割合の改善を認め,UFTの有効性が確認された。組織型別にみると,腺癌においてHR 0.69(95%CI:0.56-0.85)に対し,扁平上皮癌においてはHR 0.82(95%CI:0.57-1.19)であった8)。TNM 分類の第7版への改訂に伴い,腫瘍径が2 cm以下の患者群と2 cm以上かつ3 cm未満の患者群に分けてサブグループ解析が実施され,腫瘍径2 cm以上かつ3 cm未満の患者群において6%(82%→88%)の5年生存率の改善,HR 0.62(95%CI:0.42-0.90)と良好な結果を示した9)。なお,肺癌取扱い規約第8版では,「病変全体径」とは高分解能CTによるすりガラス成分と充実成分を合わせた最大径を,「充実成分径」とは充実成分の最大径を表し,pT分類では浸潤性増殖を示す部分の最大径を「充実成分径」に置き換えて分類を行う。しかし,上記の臨床試験におけるpT分類は浸潤部分の最大径ではなく,非浸潤部分を含めた腫瘍径で評価されていることに留意する必要がある。これらの臨床試験の登録期間である1985~1995年には,高分化能CTの普及が一様ではなく,TNM分類第8版におけるT1miのように,主に肺胞置換型増殖を示す症例の多くは臨床試験に組み入れられていないと考えられ,この群については術後補助化学療法の意義は不明である。
 以上より,病変全体径2 cm以上の術後病理病期ⅠA,ⅠB期(第8版)の完全切除,腺癌症例に対してUFT療法を行うよう勧められる。エビデンスレベルはA,また総合的評価では行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断し,推奨度は1Aとした。なお,術後病理病期Ⅰ期(腺癌)の完全切除例では手術単独でも74%が無再発であり,化学療法の安全性を十分考慮すべきである。
GRADE
CQ4.病変全体径2 cm以上の術後病理病期ⅠA,ⅠB期(第8版)完全切除,非腺癌症例に対してテガフール・ウラシル配合剤療法は勧められるか?
推 奨
病変全体径2 cm以上の術後病理病期ⅠA,ⅠB期(第8版)完全切除,非腺癌症例に対してテガフール・ウラシル配合剤療法を行うよう提案する。(2C)
解 説
 Ⅰ-Ⅲ期を対象にCDDP+VDS+テガフール・ウラシル配合剤(UFT)とUFT,手術単独の3群についての比較試験を行い,5 年生存割合でUFT群は64%と,手術単独群の49%と比し有意に良好であった6)。その後,他の臨床試験を加えて行われたメタアナリシス(2,003 症例;腺癌84%,非腺癌16%)の結果,全体で5%(77%→82%)の5 年生存割合の改善を認め,UFTの有効性が確認された。組織型別にみると,腺癌においてHR 0.69(95%CI:0.56-0.85)に対し,扁平上皮癌においてはHR 0.82(95%CI:0.57-1.19)であった8)。 TNM 分類の第7版への改訂に伴い腫瘍径が2 cm以下の患者群と2 cm以上かつ3 cm未満の患者群に分けてサブグループ解析が実施され,腫瘍径2 cm以上かつ3 cm未満の患者群において6%(82%→88%)の5年生存率の改善,HR 0.62(95%CI:0.42-0.90)と良好な結果を示した9)。しかしながら,扁平上皮癌患者に限定した解析ではHR 0.93 (95%CI:0.38-2.27)であった9)
 以上より,病変全体径2 cm以上の術後病理病期ⅠA,ⅠB期(第8版)の完全切除,非腺癌症例例に対してUFT療法を行うよう勧められる。エビデンスレベルはC,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2で推奨)できると判断し,推奨度は2Cとした。ただし,上述のように腺癌を中心としてUFTの有効性が証明されているが,非腺癌では検討症例数が少数であることなどから,そのエビデンスは十分といえない。また,非小細胞肺癌(非腺癌)の完全切除例で手術単独でも57.1%が無再発であり,化学療法の安全性を十分考慮すべきである。
GRADE
CQ5.術後病理病期Ⅱ-ⅢA期(第8版),完全切除例に対してシスプラチン併用化学療法は勧められるか?
推 奨
術後病理病期Ⅱ-ⅢA期(第8版),完全切除例に対してシスプラチン併用化学療法を行うよう推奨する。(1A)
解 説
 1995年にNon-small Cell Lung Cancer Collaborative Group より手術単独群と術後補助化学療法群のランダム化比較試験のメタアナリシスが報告され,CDDP併用療法の術後補助化学療法で相対死亡危険率を13%減少し,有意差は認めないが5年生存率を5%改善するとの結果であった10)。このメタアナリシスの結果をもとにInternational Adjuvant Lung Cancer Trial Collaborative Group(IALT),JBR.10 および Adjuvant Navelbine International Trial Association(ANITA)trial などの比較試験が行われ,いずれもCDDP併用療法を術後補助化学療法として行うことで無病生存率および5年生存率の向上が得られた11)~13)。長期フォローアップの結果においても術後補助化学療法の有用性が再確認されたが14)15),術後 5 年を超えるとその差が縮まることも示された14)。これらの比較試験に,Adjuvant Lung Cancer Project Italy(ALPI)16),Big Lung Trial(BLT)17)を加えた5つの比較試験について,4,584症例の個々のデータに基づくメタアナリシスが行われた(Lung Adjuvant Cisplatin Evaluation;LACE)。その結果,術後生存に対するHR 0.89(95%CI:0.82-0.96)と,術後補助化学療法による有意な延命効果が示された。病期別のHRでは,ⅠA期で1.40(95%CI:0.95-2.06),ⅠB期で0.93(95%CI:0.78-1.10),Ⅱ期で0.83(95%CI:0.73-0.95),Ⅲ期で0.83(95%CI:0.72-0.94)という結果であった18)。サブグループ解析として,CDDP+VNRに限ったメタアナリシスもなされ,HR 0.80(95%CI:0.70-0.91),手術単独に対するCDDP+VNRの生存率向上は,Ⅱ期で43%が54%,Ⅲ期で25%が40%と,生存率向上効果が顕著であった19)。これまでの 34 の 臨床試験,8,447 症例を集めたメタアナリシスでも同様の結果が示された20)
 以上より, 術後病理病期Ⅱ-ⅢA,完全切除例に対してCDDP併用化学療法を行うよう勧められる。エビデンスレベルはA,また総合的評価では行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断し,推奨度は1Aとした。しかし,これらのエビデンスはすべて国外からの報告であり,化学療法のレジメンや投与方法が本邦と異なるものが多く含まれている。またこれらの臨床試験は,全身状態が良好(PS 0-1)な患者を対象として実地され,CDDP併用化学療法による治療関連死は約1%で認められている。担当医は患者・患者家族に対してこれらのエビデンスを十分に説明したうえで,CDDP併用化学療法を行うかどうかを決定すべきである。
GRADE
CQ6.EGFR遺伝子変異陽性の術後病理病期ⅠB-ⅢA完全切除例に対してEGFRチロシンキナーゼ阻害剤による治療は勧められるか?
推 奨
EGFR遺伝子変異陽性の術後病理病期ⅠB-ⅢA完全切除例に対してEGFRチロシンキナーゼ阻害剤による治療を行わないよう推奨する。(1C)
解 説
 完全切除されたⅠB-ⅢA期非小細胞肺癌に対し,術後補助化学療法としてゲフィチニブを投与した第Ⅲ相試験が本邦で行われた。しかし,試験に登録された38例(ゲフィチニブ群18例)のうち,ゲフィチニブ群で1例肺臓炎による死亡が認められたこと,および同時期に報告された進行非小細胞肺癌における本邦での肺臓炎の頻度を考慮し,試験が途中で中止された21)。また,同様の患者集団に対して海外で行われた第Ⅲ相試験ではゲフィチニブ群は,対照群と比較しHR 1.24(95%CI:0.94-1.64,P=0.14)と生存期間の延長は示さなかった22)。術後補助化学療法としてエルロチニブを投与したRADIANT試験でも無病生存期間はエルロチニブ群と対照群で有意な差を認めず(50.5カ月 vs 48.2カ月,HR 0.90,95%CI:0.74-1.10,P=0.324),OSの延長は示さなかった(両群とも中央値に到達せず,HR 1.13,95%CI:0.88-1.45)。RADIANT試験においてEGFR遺伝子変異陽性患者に限定したサブグループ解析が公表されており,エルロチニブ群は,対照群と比較し無病生存期間(46.4カ月 vs 28.5カ月,HR 0.61; 95%CI:0.38-0.98)の延長を示したものの,生存期間の延長は示さなかった(両群とも中央値に到達せず,HR 1.09,95%CI:0.55-2.16)23)。術後の明らかな再発病変のない患者については,EGFRチロシンキナーゼ阻害剤を投与すべきではないと考える。
 以上より,EGFR遺伝子変異陽性の術後病理病期ⅠB-ⅢA完全切除例に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害剤による術後補助化学療法は,行わないよう勧められる。エビデンスレベルはC,ただし総合的評価では行わないよう強く推奨(1で推奨)できると判断し,推奨度は1Cとした。
引用文献

3-3.術後放射線療法

文献検索と採択

〔術後放射線治療(術後照射)〕

術後放射線治療(術後照射)
GRADE
CQ7.術後病理病期Ⅰ-Ⅱ期,完全切除例に対する術後放射線療法は勧められるか?
推 奨
術後病理病期Ⅰ-Ⅱ期,完全切除例に対する術後放射線療法は行わないよう勧められる。(1A)
解 説
 PORT Meta-analysis Trialists Group によるメタアナリシスは2016年に改訂版が報告され,術後放射線療法によりむしろ予後は悪化し(HR 1.18, 95%CI:1.07–1.31,P=0.001),2 年生存率を58%から53%に5%引き下げる結果であった1)。無再発生存率は術後放射線療法群で悪い傾向があり(HR 1.10,95%CI:0.99-1.21,P=0.07),局所無再発生存率は有意に悪かった(HR 1.12,95%CI:1.01-1.24,P=0.03)。術後病理病期について,2005年版のメタアナリシスでは術後放射線療法の予後増悪効果はⅠ-Ⅱ期において明確であった2)。2016年版では解析方法が変更されたものの,やはり早期症例で予後増悪効果が顕著である可能性が示唆されている。
 以上よりメタアナリシスによって生存に対する悪影響が明確に示されていることから,術後病理病期Ⅰ-Ⅱ期,完全切除例に対する術後放射線療法は行わないよう勧められる。エビデンスレベルはA,また総合的評価では行わないよう強く推奨(1で推奨)できると判断し,推奨度は1Aとした。
GRADE
CQ8.術後病理病期Ⅲ期(N2),完全切除例に対する術後放射線療法は勧められるか?
推 奨
術後病理病期Ⅲ期(N2),完全切除例に対する術後放射線療法は行うよう提案する。(2D)
解 説
 前述のPORT Meta-analysis Trialists Group によるメタアナリシスについて,2005年版のメタアナリシスでは術後放射線療法の予後増悪効果はⅠ-Ⅱ期,N0-1 において明確である一方,Ⅲ期N2 においては明確ではないとされた1)2)。2016年版では解析方法が変更され,N因子による影響は乏しいと報告されたものの,早期よりは局所進行期において予後増悪の効果は少ない可能性が示唆されている(局所進行期の早期に対するHR 0.87,95% CI:0.72–1.04,P= 0.12)。これに加えて,不完全ではあるもののⅢ期N2症例に対する術後化学放射線療法の有効性を示す前向き試験の報告が複数ある。非小細胞肺癌完全切除例に対する術後補助化学療法の有効性を示した第Ⅲ相試験(ANITA試験)で,術後放射線療法に関するサブセット解析が報告されており,pN2 症例に限れば術後放射線療法による予後改善の可能性が示唆された(術後補助化学療法群:47.4カ月 vs 23.8カ月,経過観察群:22.7カ月 vs 12.7カ月)。ただし,この試験において術後放射線療法を行うか否かは施設毎の判断であり,実際に放射線治療を受けたpN2症例は全体の半数であった3)。また,症例集積不良のため途中中止となった試験ではあるが,Ⅲ期N2症例に対する術後化学療法と術後化学放射線療法とのランダム化比較試験の結果,無再発生存期間は後者で有意に長く(18カ月 vs 28カ月,前者の後者に対するHR 1.49,95%CI:1.01-2.20,P= 0.04),生存期間中央値も同様に後者で長い傾向が示された(28カ月 vs 40カ月,後者の前者に対するHR 0.69,95%CI:0.46-1.04,P= 0.07)。一方で,この試験で術後に化学放射線療法を完遂できたものは2/3にとどまっていた4)
 以上より,Ⅲ期N2症例に対する術後放射線療法は有望な可能性があるものの,十分に質の高い有効性が示されているわけではないことから,エビデンスレベルはD,ただし総合的評価では行うよう弱く推奨(2で推奨)できると判断し,推奨度は2Dとした。

レジメン:非小細胞肺癌の術後補助化学療法

術後テガフール・ウラシル配合剤療法

テガフール・ウラシル配合剤 250 mg/m2 per day 1~2年間内服

術後シスプラチン併用療法(本邦での投与量)

CDDP 80 mg/m2 on day 1 3週毎,4サイクル
VNR 25 mg/m2 on day 1,8
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