2

Ⅱ.治 療

放射線療法

文献検索と採択

放射線療法
2-1.切除可能例に対する術後放射線療法
推 奨

a.完全切除されたⅠ,Ⅱ期胸腺腫およびⅠ期胸腺癌に対しては,術後放射線治療を行わないよう勧められる。(グレードD)

b.完全切除されたⅢ期胸腺腫に対しては,術後放射線治療を行うよう勧められるだけの科学的根拠が明確でない。(グレードC2)

c.完全切除されたⅡ-Ⅲ期胸腺癌に対しては,術後放射線治療を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

d.顕微鏡的または肉眼的不完全切除となった胸腺腫に対しては術後放射線治療を,胸腺癌では術後(化学)放射線治療を行うよう勧められる。(グレードB)

エビデンス
a.
完全切除されたⅠ期胸腺腫・胸腺癌の局所再発率は極めて低く,その長期成績は良好であり,術後補助療法の生存に与える影響は乏しいと考えられる1)~3)。Zhangらは胸腺腫29例と少数ではあるがランダム化比較試験を行い,術後照射による生存率の改善を認めなかった4)。また,SEER登録の多数例の解析においてもⅠ期胸腺腫に対する術後照射の有用性は認められなかった5)
 完全切除されたⅡ期胸腺腫の局所制御率も良好である。術後照射についての比較試験の報告はないが,Kondoらによる日本の208例の解析では術後照射施行86例,非施行122例の局所再発率は4.7%と4.1%といずれも低値であった1)。また,Omasaらによる症例追加解析された840例のⅡ期症例においても術後照射施行200例と非施行640例の5年全生存率(96.5%,96.2%),5年無増悪生存率(94.3%,92.3%)とも良好で差は認められなかった6)。一方,Zhouらは14文献のメタアナリシスを行い,完全切除Ⅱ期胸腺腫において術後放射線治療により全生存率の改善がみられた(HR 0.57,95%CI:0.41-0.80,P=0.001)としている7)。また,ITMIGデータベースの完全切除されたⅡ期胸腺腫870例の解析では術後照射施行の5,10年全生存率は97,91%と非施行例の93,83%と比較し有意に良好であった8)。NCCNガイドライン,ESMOガイドラインにおいては完全切除Ⅱ期胸腺腫およびⅠ期胸腺癌についてはそれぞれcategory 2B,recommendation C として術後照射を考慮することができるとしているが、日本の現状・良好な手術成績を考慮し完全切除されたⅠ-Ⅱ期胸腺腫およびⅠ期胸腺癌においては基本的に術後放射線治療は推奨しないとした(グレードD)。
b.
前述のOmasaらの報告において完全切除された270例のⅢ期胸腺腫の解析では,術後照射施行123例と非施行147例の5年全生存率(92.9%, 89.7%),5年無増悪生存率(62.0%, 69.3%)と両者に差を認めなかった6)。Korstらも22の後ろ向きコホート研究592例のシステマティックレビューで完全切除されたⅡ-Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍では補助放射線療法による有意な再発低下は得られなかったとしている9)。一方,Limらは2000~2010年のSEER登録浸潤性胸腺腫529例の傾向スコア解析を行い,術後照射はⅢ-Ⅳ期症例の全生存率およびⅢ期症例の原病生存率において有意に良好な因子であることを示した10)。またRuffiniらも1990~2010年にESTSに登録された2,030例の傾向スコア解析により完全切除症例において術後補助療法(主に放射線)は全生存に寄与していたと報告している11)。前述のITMIG登録例の解析では,完全切除されたⅢ期胸腺腫393例では術後放射線治療施行例で有意に5,10年全生存率が良好であった7)
 以上のように完全切除されたⅢ期胸腺腫に対する術後照射の意義は一定していないが,現状ではその有効性を主張できるエビデンスは乏しい。NCCNガイドラインではcategory 2B,ESMOガイドラインではrecommendation Bと術後照射を推奨しているが,上記報告や日本の現状も踏まえ術後放射線治療を行うよう勧められるだけの科学的根拠が明確でないとした(グレードC2)。
c.
1991~2012年にITMIGとESTSデータベースに登録された胸腺癌1,042例の検討では,多変量解析で完全切除と放射線治療(多くは術後照射)が全生存の改善に寄与していたと報告されている12)。また前述のOmasaらの報告ではⅡ-Ⅲ期胸腺癌では全生存率には差がなかったが,無増悪生存率は術後照射例で有意に良好であった6)。以上より完全切除されたⅡ-Ⅲ期胸腺癌では術後照射を行うことを考慮してもよいとした(グレードC1)。
d.
胸腺腫・胸腺癌ともに不完全切除は重要な予後不良因子であり1),追加補助療法が必要と考えられる。不完全切除例についても術後放射線治療の必要性を検討する前向き比較試験は行われていないが,前述したForquerらによるSEER登録胸腺腫・胸腺癌の検討では特に完全切除ができなかった症例について術後照射が生存に寄与する可能性が示されている5)
引用文献
2-2.局所進行例および切除不能例に対する放射線療法
推 奨

a.術前治療として,局所進行胸腺腫に対しては化学療法を,胸腺癌に対しては化学(放射線)療法を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

b.局所進行切除不能胸腺上皮性腫瘍に対しては,放射線療法または化学放射線療法を行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

c.医学的な理由で耐術不能なⅠ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,放射線療法が可能であれば行うことを考慮してもよい。(グレードC1)

エビデンス
a.
局所進行胸腺腫に対しては少数例の試みではあるが種々の術前化学療法が行われ,良好な奏効率と完全切除率が報告されている1)~4)。また,局所進行胸腺腫および胸腺癌に対する術前導入化学放射線療法の効果を前向きに検討した第Ⅱ相試験では,施行した22例中21例が導入療法を完遂し,17例(77%)が完全切除であった5)。これらの報告から,局所進行胸腺腫に対しては主に化学療法を,胸腺癌に対しては化学療法または化学放射線療法を術前治療として行うことを考慮してもよいとした(グレードC1)。
b.
Loehrerらは,限局型切除不能胸腺腫・胸腺癌23例に対する第Ⅱ相試験(CDDP,DXR,CPA)の導入化学療法を2~4回施行後に,原発腫瘍と縦隔リンパ節領域に54 Gy/27回の放射線療法を施行した。再発までの期間中央値は93カ月であり,導入化学療法の奏効率は69.6%であった。中間生存期間は93カ月,5年生存率は52.5%であった6)。また,Wangらは切除不能局所進行胸腺腫瘍に対して非手術治療を行った42例を後方視的に検討している。放射線治療単独,逐次的化学放射線療法,同時化学放射線療法(総線量中央値60Gy)を実施した結果,奏効率はそれぞれ43.8%,50%,87.5%,5年全生存率はそれぞれ30%,50%,61.9%で,同時化学放射線療法が放射線治療単独と逐次化学放射線療法と比較して有意に良好な成績であった7)。以上の結果より,化学療法および放射線療法は胸腺上皮性腫瘍に対し有効性が高いことが示唆された。
c.
また,医学的な理由で手術ができないⅠ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,放射線療法が可能であれば行うように推奨されていることが多い8)9)
引用文献
2-3.放射線療法の方法
推 奨

a.放射線療法は,少なくとも3次元放射線治療(3D-CRT)で,照射標的体積は腫瘍床および残存病巣として行うよう勧められる。(グレードB)

b.予防的縦隔鎖骨上リンパ節領域照射は,行うよう勧められるだけの科学的根拠は明確でない。(グレードC2)

c.線量分割は1回1.8~2 Gyの通常分割法で,術後放射線療法は完全切除例では40~50 Gy,顕微鏡的不完全切除例では50~54 Gy程度,肉眼的不完全切除症例では54~60 Gy程度で行うよう勧められる。(グレードB)

d.局所進行切除不能胸腺腫に対する放射線療法の総線量は,通常分割で少なくとも50 Gy,可能であれば54~60 Gy程度で行うよう勧められる。(グレードB)

*正常組織への線量制約は肺癌に準ずるが,より若年者・長期生存者が多いため,特に心臓への線量に配慮することが勧められる。

エビデンス
a.
胸腺上皮性腫瘍は主に前縦隔に存在し,周囲を心臓・心膜,肺,気管気管支,食道,脊髄などの重要正常臓器に囲まれている。そのため治療効果比を上げるためには可及的に腫瘍床・残存腫瘍に線量を集中させ,周囲正常臓器への線量を下げることが重要である。そのため,少なくとも3次元治療計画に基づく放射線治療を行うことを推奨する1)。照射標的および線量についての前向き比較試験は行われておらず,エキスパートの意見による。臨床標的体積(CTV)は,治療前のCTで認められる原発病巣部を含む範囲とし,手術所見および病理所見による組織型,進展範囲(被膜外浸潤や切除断端の状況)を考慮する2)
b.
胸腺腫のリンパ節転移の頻度は低く3),予防的な縦隔鎖骨上リンパ節領域照射は原則的に行わない2)
c.
線量分割はいくつかの後ろ向き解析およびNCCNガイドラインを参考とし,1回1.8~2 Gyの通常分割法で,完全切除例では40~50 Gy,顕微鏡的不完全切除例ではさらに断端陽性残存が疑われる部分に追加照射を行い計50~54 Gy程度,肉眼的不完全切除例では54~60 Gy程度が勧められる2)4)5)
d.
浸潤性胸腺腫に対する部分切除または生検後の放射線療法が行われた6)。照射線量の中間値は50 Gy(範囲:30~70 Gy)であった。全例の5年および10年生存率は51%,39%であり,部分切除例の5年および10年生存率64%,43%,生検のみ39%,31%で,切除の程度が予後に関与していた。一方,化学療法の有無は予後に相関していなかった。局所再発は8.5年で31例/90例(34%)と高率であった。また,2-2-b.で引用した切除不能例に対する報告では投与線量の中央値は54 Gy7),および60 Gy8)であった。以上より,放射線治療の総線量は,通常分割で少なくとも50 Gy,可能であれば54~60 Gy程度が必要であると考えられた。
 なお,正常組織については肺癌など他の胸部放射線治療に準じて線量制約を行う9)。若年者・長期生存者が多いため,特に心臓への線量に配慮する。FernandesらはSEER登録例の検討で術後放射線治療による心臓死および二次癌の発症リスクの増加はなかったと報告している10)
引用文献
このページの先頭へ