第5章 症状がある場合,転移がある場合の治療
Q56
そのほかに肺がんによって起こる代表的な症状にはどのようなものがありますか

 肺がんは肺に発生するがんですが,進行する部分によってさまざまな症状が出る可能性があります。代表的なものとしてじょう大静脈だいじょうみゃく症候群しょうこうぐん,がんせいしん膜炎まくえん気道きどう狭窄きょうさくがあります。いずれもオンコロジック・エマージェンシー(がんによる緊急の治療を要する状況)の状態であり,その対処法についても解説します。

1.上大静脈症候群

 上大静脈症候群は,肺がんそのもの,あるいは縦隔じゅうかくリンパ節に転移した病変が大きくなり,上半身(頭,右手,左手を含む)の血液が心臓に戻るときに通る上大静脈という血管を押しつぶしてしまうことで起こります。両腕や顔面のむくみが出て,息苦しく感じることがあります。上大静脈を通ることができない血液はからだの表面に近い血管を通って心臓に戻るので,からだの表面の血管が目立ちます。これらの血管を「そく副血ふくけっ行路こうろ(バイパス血管)」といいますが,側副血行路が自然に太くなり十分に血液を心臓に戻すことができるようになれば,上大静脈症候群の症状は自然と軽減されます。

 急速に症状が悪化している場合には,狭くなっている部分に放射線を照射するなどしてがんを縮小させ,症状の改善をはかります。また,上大静脈の中に金属のステントを入れることで,血管をひろげる処置が行われることもあります。

2.がん性心膜炎

 心臓はしんのうという袋の中で動いていますが,この袋の中にがん細胞が入り込んで心嚢水がたまった状況をがん性心膜炎(しんのうえん)といいます。少ない量では症状はありませんが,心嚢水が増えて心臓の動きが悪くなると,息苦しくなったり,血圧が低下したりすることがあります。とくに急激に心嚢水が増えて心臓の働きが悪くなる状況を「しんタンポナーデ」といい,緊急の処置を要します。

 からだの表面に局所麻酔を行い,針を刺すなどして,たまった心嚢水を体外に排出するためのチューブが挿入されます。これを「心嚢ドレナージ術」といいます。心嚢水がどんどんたまってくる場合には,たまるスペースをなくす目的で,心嚢水を持続的に排出したチューブから薬剤〔抗がん剤(細胞さいぼう傷害性抗しょうがいせいこうがんやく)〕を注入することがあります。心嚢内に抗がん剤を注入した後に,一定時間薬剤を浸透させ,再度持続的に心嚢水を排出し,心嚢水が出なくなったことと超音波検査などで心嚢水がないことが確認されたらチューブを抜きます。

 別の方法として「しんまくかい窓術そうじゅつ」といって,手術でしんまくに穴をあけ,心嚢水が胸やお腹に流れるようにして,心臓の圧迫を解除する方法がとられる場合があります。

3.気道狭窄

 肺がんなどの病気によって空気の通り道(気道といいます)が狭くなることがあり,これを気道きどう狭窄きょうさくといいます。肺がんではよく起こることですが,気道の狭くなる場所が肺の奥のほうである場合には,あまり強い症状を伴わないことが多いです。一方で,気管や太い気管支の狭窄は,息苦しさを伴うことが多く,放っておくと窒息することもあります。放射線療法や抗がん剤(細胞さいぼう傷害性抗しょうがいせいこうがん薬)による治療(化学療法)などでがんの縮小が得られれば,症状も改善すると思われますが,治療を始めても直ちに効果があるわけではありません。緊急に気道をひろげる必要がある場合,気管支鏡を用いた「気管支きかんし狭窄きょうさく拡張術かくちょうじゅつ(インターベンション)」が行われることがあります。がんが気道の中に露出して気道を狭くしている場合には,がんを削ったりレーザーで焼いたりして気道をひろげることがあります。気管の壁の外からがんに押されて気道がつぶれているとき(図-A)には,ステント(内側から広げる管)を入れて狭い部分をひろげた状態に支える処置(図-B)が必要になる場合もあります。

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