2021年版 序

 肺癌診療ガイドライン2021年版-悪性胸膜中皮腫・胸膜腫瘍含む-の発刊にあたりご挨拶申し上げます。

 2018年から導入したGRADEアプローチは,2021年改訂版により本診療ガイドラインでは全ての領域でこれに準拠するものとなりました。肺癌,悪性胸膜中皮腫,胸腺腫瘍の分野における医学の進歩はめまぐるしく1年の間にも複数回にわたって標準治療の知見が刷新され,新たな治療法が保険承認されることも稀ではありません。本診療ガイドラインはこうした急速な進歩を反映すべく,毎年WEB上で公開,隔年で書籍発行を行っております。最近の変化はそのスピードだけではありません。従来はランダム化比較試験こそが臨床試験のゴールドスタンタードとして標準治療を変えるものでしたが,特定のバイオマーカーを有する患者に対する特異的阻害薬のように基礎研究による生物学的仮説があれば単群第Ⅱ相試験,あるいは第Ⅰ相試験のみでもその仮説の臨床的妥当性が強く示唆されることにより標準治療が確立されるようになりました。本診療ガイドラインもそうしたエビデンスを取り入れています。一方,ランドマーク解析,ネットワークメタ解析など新たな解析手法も開発されており,その扱いは今後の大きな課題になると思われます。さらに進歩しつつあるビッグデータ,人工知能などの利活用にも期待されるところです。読者の皆様からも一層のご意見,ご教示をいただければ幸いです。

 最近の進歩にもかかわらず肺癌,悪性胸膜中皮腫,胸腺腫瘍の多くは難治性です。同一病態に複数の標準治療が存在することは真の正解に至っていないことの査証でもあります。実際の診療にあたっては患者の価値観を尊重した治療を選択することになりますが,本診療ガイドラインが多様な価値観にどこまで対応できるかは,診療ガイドラインの作成者と利用者双方の努力にかかわります。患者団体関係者に作成委員に入っていただくなどの努力はしていますが,さらに広く患者・家族・一般市民からのご意見・ご批判をいただくことが大切です。そのためには学会や作成者側が企画などを通じて自ら積極的に求める必要があるでしょう。今後の課題と考えています。作成者,ご利用になる医療従事者,患者・家族の皆様のご協力を得てこそ「肺癌診療ガイドライン—悪性胸膜中皮腫・胸膜腫瘍含む—」は,ますます進化していくと確信しています。

 なお,この肺癌診療ガイドラインに準じた「患者さんのための肺がんガイドブック—悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍を含む—2021年改訂版」を出版いたしました。患者・家族の皆様に適切な医療情報を提供できるのはもちろん,患者の立場を反映する工夫もしましたので,医療提供者の皆様には是非とも患者と一緒にご利用下さるようお願い致します。

 最後になりますが,今回の本ガイドライン作成にご尽力いただいた各委員会,小委員会の皆様に深甚なる感謝の意を表します。

 2021年年10月

特定非営利活動法人日本肺癌学会
理事長弦間 昭彦
ガイドライン検討委員会
委員長滝口 裕一
このページの先頭へ