2022年版 序

 肺癌診療ガイドライン-悪性胸膜中皮腫・胸膜腫瘍含む-2022年版の発刊にあたりご挨拶申し上げます。

 2003年に初版「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン」が出版され,今年は19年目となります。当初は肺癌のみをスコープに入れていましたが,2016年版から悪性胸膜中皮腫診療ガイドライン,胸腺腫瘍診療ガイドラインを加えました。改めて申し上げるまでもなく,肺癌,悪性胸膜中皮腫,胸腺腫瘍の分野における医学の進歩はめまぐるしく1年の間にも複数回にわたって標準治療の知見が刷新され新たな治療法が保険承認されることも稀ではありません。本診療ガイドラインはこうした急速な進歩を反映すべく,2014年以降は毎年改訂版を作成し,WEB公開を毎年,書籍発行は隔年で行っています。

 診断・治療の進歩のスピードが速いことは大変好ましいことですが,新たな診断・治療法が患者・家族の幸福につながり,広く社会にも受け入れられることが大前提であることは言うまでもありません。当初の作成委員は全員医師でしたが,2017年から医師以外の医療スタッフを加え,さらに肺癌診療ガイドラインでは2017年から,悪性胸膜中皮腫診療ガイドラインでは2018年から,「患者さんのための肺がんガイドブック-悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍を含む」では2019年の初版から患者委員の参加をお願いしています。その目的は,医学のめまぐるしい変遷のなかで,ともすると医師からの視点に偏りかねないガイドライン作成過程に広範な医療者,および患者・市民の視点を加えていただくことであります。一方,患者・市民委員の役割を最大限活用するための方法は未確立と言わざるを得ません。診療ガイドライン作成委員会の枠組みを大きく超えた広い議論が求められます。来年2023年版は本診療ガイドライン初版から記念すべき20年目の節目となります。是非ともこの点で成果を上げたいと考えます。

 2022年版で特に注目される変更点として,臨床病期ⅠA1-2期の肺野末梢非小細胞癌に対する縮小手術と肺葉切除の選択に関する変更,術後病理病期ⅡB-ⅢA期の完全切除非小細胞肺癌に対する術後補助療法への免疫チェックポイント阻害薬の導入などがあげられますが,今後も細部にわたる活発な議論が予測されます。EGFR遺伝子変異陽性例の完全切除症例に対するキナーゼ阻害薬による術後療法についても大きな議論が予測されます。周術期治療については2023年版以降に議論されると思われる術前免疫チェックポイント阻害薬も含め,優先的に評価すべきアウトカムを巡る議論が一層活発になると予測されます。その他,非小細胞肺癌の分子診断の追加,悪液質に対する新規薬剤の推奨の追加も重要です。かねてより本診療ガイドラインでは保険承認のないものにも推奨があることにご批判・ご賛同の両意見をいただいてきましたが,2022年版では胸膜中皮腫に対する血管新生阻害薬に関する推奨の変更が注目されるかもしれません。

 外部評価および肺癌学会会員からは本診療ガイドラインに対する多くのご意見をいただいています。その中には,同一の病態に対して異なる治療選択肢が並列に推奨されておりどの治療がベストか指定されていないという批判が含まれます。しかし多くの研究成果により選択肢が増えることは多様な価値観に対応できることの保証となる可能性もあり,慎重に対応する方針です。コストベネフィットに関する議論については今後検討を始める必要があると考えます。推奨度分類の「推奨度決定不能」に対しては本診療ガイドラインにGRADEシステムを導入して以来一貫してご批判いただいています。これについては「本ガイドラインについて」において少し詳しい説明を加えましたので是非ともご参照下さい。診療ガイドラインには明瞭さが求められますが,臨床医学の不確実性の認識も重要と考えます。

 なお,本診療ガイドラインに準じた「患者さんのための肺がんガイドブック-悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍を含む-2022年改訂版」を日本肺癌学会のホームページにて公開いたしました。患者・家族の皆様に適切な医療情報を提供できるのはもちろん,患者の立場を反映する工夫もしましたので,医療提供者の皆様には是非とも患者と一緒にご利用下さるようお願い致します。

 最後になりますが,本診療ガイドライン作成にご尽力いただいた各委員会,小委員会の皆様に深甚なる感謝の意を表します。作成過程において委員の1人が急逝されました。直前までパブリックコメントに対する回答書作成などの対応を行って下さっていたことを考えるとあまりにも突然の悲報に言葉を失うほかありません。ご冥福をお祈りするとともに,彼が必ずや持っていたはずの遺志を尊重するためにもますます本診療ガイドラインを発展させることをここに誓います。

 2022年10月

特定非営利活動法人日本肺癌学会
理事長弦間 昭彦
ガイドライン検討委員会
委員長滝口 裕一
このページの先頭へ