2023年版 序

 肺癌診療ガイドライン-悪性胸膜中皮腫・胸膜腫瘍含む-2023年版の発刊にあたりご挨拶申し上げます。

 2003年に初版「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン」が出版され,今年は20年目の節目となります。当初は肺癌のみをスコープに入れていましたが,2016年版から悪性胸膜中皮腫診療ガイドライン,胸腺腫瘍診療ガイドラインを加えました。肺癌,悪性胸膜中皮腫,胸腺腫瘍の分野における医学の進歩はめまぐるしく1年の間にも複数回にわたって標準治療の知見が刷新され新たな治療法が保険承認されることも稀ではありません。本診療ガイドラインはこうした急速な進歩を反映すべく,2014年以降は毎年改訂版を作成し,WEB公開を毎年,書籍発行は隔年で行っています。

 今回も多くの重要な改訂が行われました。進行非小細胞肺癌における新たな治療標的分子が加わり,肺癌領域で初めて抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate)による治療が導入されました。昨年に引き続き周術期治療のエビデンスがさらに加わり,今後術後生存率が格段に向上することが期待できます。まさに集学的治療の賜と言えますが,さらに早期発見の力を加えることにより完全切除症例の増加による肺癌治療全体の向上に期待したいところです。昨年,「肺がん検診ガイドライン」が12年ぶりに改訂されました。この改訂を活かす検診が行われるよう努力することが必要でしょう。

 2023年は3年間に及ぶ新型コロナウイルス感染症の脅威から漸く立ち直りつつある年として記憶されるかも知れません。内外の資源不足,物価高,円安などの影響もあり,医薬品の安定供給への不安はすでに抗腫瘍薬にまで及ぶに至りました。この影響が新たな輝かしい治療法の開発に影を落とすことのないよう,診療ガイドラインの果たす役割もさらに大きくなると思われます。2023年には肺がん医療向上委員会セミナーで,診療ガイドライン作成における患者・市民委員の役割を考えるセミナーを初めて開催したことは大きな一歩でした。残された課題をひとつひとつ解決するために,是非とも皆様の英知をお借りできれば幸いです。

 なお,本診療ガイドラインに準じた「患者さんと家族のための肺がんガイドブック-悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍を含む」を日本肺癌学会のホームページにて公開すると同時に,2023年版は書籍として出版しました。患者・家族の皆様に適切な医療情報を提供できるのはもちろん,患者・家族の皆様の立場を反映する工夫もしましたので,医療提供者の皆様には是非とも患者・家族の皆様と一緒にご利用下さるようお願い致します。

 最後になりますが,本診療ガイドライン作成にご尽力いただいた各委員会,小委員会の皆様,さらに本学会理事会およびパブリックコメントにて貴重なご意見を寄せて下さった多くのご協力に深甚なる感謝の意を表します。

 2023年9月

特定非営利活動法人日本肺癌学会
理事長池田 徳彦
ガイドライン検討委員会
委員長滝口 裕一
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