縦隔(左右の肺に挟まれたスペース)には,免疫の成熟に重要な胸腺という臓器があります。胸腺腫,胸腺がんは胸腺から発生するまれな腫瘍で,いずれも悪性です。検診胸部X線や,筋力低下などの症状をきっかけに診断されることがあります。胸腺腫,胸腺がんの治療は,手術,放射線治療,抗がん剤,分子標的治療薬のいずれか,またはこれらを組み合わせて行います。
右と左の肺の間で食道や心臓などが収まっているスペースのことを縦隔と呼び,縦隔に発生する腫瘍を「縦隔腫瘍」と呼びます。図のように縦隔の前方には胸骨があり,その裏側の部分を前縦隔と呼びます。前縦隔には免疫に重要な働きをする「胸腺」という臓器があります。胸腺は20歳代以降加齢とともに小さくなっていきます。この胸腺を構成する胸腺上皮から発生する腫瘍を「胸腺上皮性腫瘍」と呼びます。
胸腺上皮性腫瘍は,その病理組織の特徴から胸腺腫,胸腺がん,胸腺神経内分泌腫瘍の3つに分類されます。
「胸腺腫」の細胞は分裂し増加します。腫瘍が増大すれば周囲にひろがり(浸潤),胸膜・心膜に散らばる(播種する)など,ときにがんのようなふるまいをすることから,悪性腫瘍(低悪性度腫瘍)であると認識しておく必要があります。
「胸腺がん」は,細胞に異型が認められる悪性腫瘍であり,組織型としては扁平 上皮がんが多いです。進行して周囲の臓器へ浸潤することや,リンパ節などの他臓器へ転移することがあります。
胸腺腫・胸腺がんは30歳以上に発生することが多く,男女差を認めません。胸腺腫の罹患率(かかる人の割合)は人口10万人当たり0.44~0.68人とまれな腫瘍で,胸腺がんは胸腺腫よりさらに罹患率が低く「希少がん」に相当します。胸腺腫・胸腺がんは前縦隔に存在する腫瘍なので,正面のX 線写真では見つかりにくく,大きな腫瘍になって初めて見つかることが多く,そのきっかけはあお向けで寝た場合の息苦しさや,検診での胸の異常な影などです。胸腺腫には,まぶたが開きにくくなったり手や足の力が入らなくなる重症筋無力症(16~24%)や貧血の一種である赤芽球癆(1.5~2.4%)という自己免疫疾患を合併することが知られており,これらの病気がきっかけで見つかることがあります。