- 総 論
- 肺癌の緩和ケアについて
進行期肺癌などの胸部悪性腫瘍では,一般的な悪性腫瘍の全身症状に加えて,呼吸困難などの特徴的な呼吸器症状が出現しやすい。さらに,転移や浸潤部位による痛みや神経症状など,様々な苦痛症状が生じ得る。
現在,特に肺癌領域の治療としては,従来の細胞障害性抗癌剤に加えて,分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤が導入されてその進歩は目覚ましい。しかしながら,それらの新規治療によっても症状や苦痛が速やかに,またすべて緩和されることは難しく,ここに緩和ケアの介入が必要である。
WHO(世界保健機構)は,「緩和ケアとは,生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを,痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで,苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」と定義している1)。また,本邦でも平成28年末に改正された「がん対策基本法」において,手術,放射線治療,がん薬物療法と同じように,「がん治療の柱」に位置付けられている。
本邦における緩和ケアの実情としては,まずはがん治療に携わる医療者(がん治療チーム)が初期対応として「基本的緩和ケア」を担当し,必要に応じてまたはスクリーニングにより抽出された緩和ケアニードにあわせて,緩和ケア専門スタッフ(緩和ケア専門の医師や看護師)あるいは専門チームが介入して「専門的緩和ケア」に進むことが勧められている。
肺癌の領域においては,緩和ケアの有用性に関するエビデンスを構築すべく多くの臨床研究がこれまで行われてきた。特に,2010年にTemelらが,肺癌の標準治療に診断早期からの専門的な緩和ケアを組み合わることによってQOLに有意な改善がもたらされ,さらにはOSを延長させる可能性を示した2)。本研究は大きな注目を集め,以降,「早期からの緩和ケア」の有用性を検証する追試が数多く行われ3)4),ASCOなど主要学会からのガイドラインでも,肺癌をはじめとした進行癌において診断後早期から専門的な緩和ケアを導入することが推奨されている5)〜7)。
また,全人的苦痛に対処するために,緩和ケアの専門医,専門看護師,ソーシャルワーカー,リハビリの専門家(リハビリテーション科医,理学療法士,作業療法士),精神科医,心理士,宗教家等が協働包括的緩和ケアチームを作って情報を共有し連携しながら,患者・家族の療養生活をサポートしていくべきことが提唱されている2)〜7)。
このように,肺癌などの胸部悪性腫瘍を担当する医療者は,がん薬物療法などの癌治療と早期緩和ケアの融合がQOLや予後を改善することを十分に認識し,多職種チームで常に情報を共有し協働しながら,患者と家族の意向を尊重した療養生活を支援する役割を担っている。
このような背景のもと,肺癌診療ガイドラインの新規項目として,2019年版より緩和ケアガイドラインを掲載した。
- 1)
- 日本緩和医療学会.「WHO(世界保健機関)による緩和ケアの定義(2002)」定訳.https://www.jspm.ne.jp/proposal/proposal.html
- 2)
- Temel JS, Greer JA, Muzikansky A, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2010; 363(8): 733-42.
- 3)
- Zimmermann C, Swami N, Krzyzanowska M, et al. Early palliative care for patients with advanced cancer: a cluster-randomized controlled trial. Lancet. 2014; 383(9930): 1721-30.
- 4)
- Bakitas MA, Tosteson TD, Li Z, et al. Early versus delayed initiation of concurrent palliative oncology care: patient outcomes in the ENABLE III randomized controlled trial. J Clin Oncol. 2015; 33(13): 1438-45.
- 5)
- Shin J, Temel J. Integrating palliative care: when and how? Curr Opin Pulm Med. 2013; 19(4): 344-9.
- 6)
- Isenberg SR, Aslakson RA, Smith TJ. Implementing evidence-based palliative care programs and policy for cancer patients: epidemiologic and policy implications of the 2016 American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline update. Epidemiol Rev. 2017; 39(1): 123-31.
- 7)
- Ferrell BR, Temel JS, Temin S, et al. Integration of palliative care into standard oncology care: American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35(1): 96-112.
本文中に用いた略語および用語の解説
ASCO | American Society of Clinical Oncology | 米国臨床腫瘍学会 |
---|---|---|
CES-D | Center for Epidemiologic Studies Depression Scale | うつ病(抑うつ状態)自己評価尺度 |
ENABLE | Educate, Nurture, Advise, Before Life | |
ESMO | European Society of Medical Oncology | 欧州臨床腫瘍学会 |
FACIT-Pal | Functional Assessment of Chronic Illness Therapy-Palliative Care |
|
FACT-L | Functional Assessment of Cancer Therapy-Lung | |
HADS-D | Hospital Anxiety Depression Scale-Depression | 不安抑うつ尺度の抑うつドメイン |
OS | overall survival | 全生存期間 |
PHQ-9 | Patient Health Questionnaire | 患者さんの健康に関する質問票-9 |
PRO | Patient Reported Outcome | 患者報告アウトカム |
QUAL-E | Quality of Life at the End of Life | |
RCT | randomized controlled trial | ランダム化比較試験 |