総 論
悪性胸膜中皮腫診療ガイドライン2018年版を利用するにあたり
解 説

 悪性中皮腫は,胸膜,腹膜,心膜,精巣鞘膜に発生する悪性腫瘍であり,胸膜が80~85%,腹膜が10~15%,その他の部位での発生は1%以下とされる。発症原因としては,70~80%の症例においてアスベスト曝露との関連性が疫学的に証明されている。本邦では1980年代半ばまでアスベストの輸入が行われていた。アスベスト曝露開始から発症までの潜伏期間が25~50年とされていることから,本邦における今後の悪性中皮腫の発生ピークは2030年頃で,罹患者数は年間3,000人に及ぶと予測されている。また悪性中皮腫による死亡者数も2000年の710人から,2005年911人,2010年1,209人,2015年1,504人と確実に増加の一途をたどっている1)

 しかしながら,悪性中皮腫の診断に際しては存在診断のみならず,質的確定診断にも苦慮することが実地臨床では多い。また悪性中皮腫は反応性中皮過形成,線維性胸膜炎,肺腺癌,肺肉腫様癌,滑膜肉腫などとの鑑別が重要であるが,時に鑑別診断が困難な場合もある。本ガイドラインの「危険因子,臨床症状,血清および胸水中のバイオマーカー,画像診断,検体採取のための検査手技,細胞診および組織診」で取り上げたClinical Question(CQ)が実地臨床の場で,その存在診断および質的確定診断の参考になれば幸いである。

 悪性中皮腫の治療は,IMIG(International Mesothelioma Interest Group)分類による病期分類とWHO分類による組織分類を総合的に評価して決定される。一般に,切除可能症例には手術療法が,切除不可能症例や術後再発症例には化学療法が,それぞれ治療の主体となる。一方,放射線療法は手術療法や化学療法と組み合わせた集学的治療の一環として施行される場合が多く,その他に疼痛コントロール目的の緩和療法として施行される場合もある。本ガイドラインでは,「外科療法,放射線療法,化学療法,および緩和療法」について実地臨床で役立つCQをそれぞれ念頭において設定したので,ぜひとも参考にしていただきたい。

 全国がん(成人病)センター協議会の生存率共同調査(2018年2月集計)による病期別5年生存率は,Ⅰ期14.6%(n=48),Ⅱ期4.5%(n=22),Ⅲ期8.0%(n=50),Ⅳ期0.0%(n=70)といずれも予後不良であることが報告されている2)。このような現況にあって,本来であれば悪性中皮腫では集学的治療をベースとしたランダム化比較試験に基づくエビデンスの構築が不可欠であるが,本疾患の絶対数が決して多くないことからそれが困難となっている。このことは悪性中皮腫における診断のエビデンスについても同様である。したがって,本ガイドラインにおける推奨度の決定に際しては,胸膜中皮腫小委員会(ガイドライン作成班)の投票結果に依存せざるを得ない場合があったことをご了承いただきたい。

参考文献
1)
厚生労働省人口動態統計.都道府県(21大都市再掲)別にみた中皮腫による死亡数の年次推移(平成7年~27年).
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/chuuhisyu15/dl/chuuhisyu.pdf
2)
全がん協生存率調査.全国がん(成人病)センター協議会の生存率共同調査(2018年2月集計).https://kapweb.chiba-cancer-registry.org
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