総 論
転移など各病態に対する治療方針

樹形図

転移など各病態に対する治療 骨転移 脳転移 胸部病変に対する緩和的放射線治療 癌性胸膜炎 癌性心膜炎 Oligometastatic disease(オリゴ転移)
解 説

 進行期の肺癌では脳・骨など遠隔転移の頻度が高く,これらの制御は予後のみならず全身状態に大きな影響を与える。本項では日常臨床で多く遭遇する骨転移・脳転移・胸部緩和照射・癌性胸膜炎・癌性心膜炎・Oligometastatic disease(オリゴ転移)についてクリニカルクエスチョン(CQ)を設定した。

 いずれの病態においても共通する基本的な考え方としては,無症状であれば全身化学療法を優先,有症状例もしくは近いうちに有症状・機能低下をきたす可能性が高い症例に対しては局所治療を優先する,となる。また,その時点で使用可能な化学療法レジメンの効果(特にORR・PFSなどの短期指標)も治療選択における重要な情報である。組織型に関して,小細胞肺癌の場合は進展が急速であること,細胞傷害性抗癌薬の感受性が非小細胞肺癌と比較し良好であることなどから,実診療においては薬物療法を優先する場合が多い。各治療法の決定においては呼吸器内科医・呼吸器外科医・腫瘍内科医・放射線腫瘍医・整形外科医・脳神経外科医・緩和治療医などとの緊密な連携,キャンサーボードなど多職種での検討が重要である。

 近年の肺癌薬物療法の進歩は局所療法の選択にも少なからず影響を与えている。特に非小細胞肺癌におけるドライバー遺伝子変異/転座陽性例は,分子標的治療薬によって短期間で良好な腫瘍縮小が期待できることが多い。また,非小細胞肺癌・小細胞肺癌のいずれにおいても免疫チェックポイント阻害薬による治療レジメンが用いられるようになり,予後についても症例によっては長期成績が期待できるようになってきている。このような症例に対する局所治療を導入するにあたっては,効果のみならず侵襲度や晩期毒性も含めた検討がこれまで以上に重要となっている。

 以下,局所治療の中ではエビデンスが比較的豊富な骨転移・脳転移病態における治療方針ならびに胸部緩和照射について概説する。

1)骨転移

 有症状例では局所治療の適応となる。多くは放射線治療が選択されるが(CQ12),oncologic emergencyである脊髄圧迫に対しては外科治療も選択肢となる(CQ3)。局所治療を要する骨転移は多くの場合で生命予後に直結することは少ないものの,生活の質(QOL)に与える影響は大きい。このため治療選択には予後との兼ね合いも重要となる。こうした観点から,放射線治療については単回照射の選択肢があることはより知られてよい(CQ2)。

2)脳転移

 有症状例を中心として放射線治療や摘出術などが局所治療の対象となるが(CQ7~10),無症状でも局所治療を選択する場合がある(CQ691012)。放射線治療の選択については,4個以下で腫瘍径3cm程度までであれば定位照射,それ以外の多発脳転移については全脳照射を行うのが基本的な考え方であるが,近年,5~10個以上の多発脳転移に対する定位照射の前向きな観察研究の結果も報告されており,全脳照射による認知低下が危惧される場合の治療選択肢として提案し得る(CQ9)。

 薬物療法においては,特に非小細胞肺癌におけるドライバー遺伝子変異/転座陽性例で分子標的治療薬により長期の局所制御が得られる症例も経験される(CQ12)。これらの症例では数年以上の長期生存が得られる可能性があることから,局所治療を行う場合は晩期毒性に今まで以上の注意を払う必要がある。

3)胸部緩和照射

 肺癌局所に対する放射線治療の役割は,局所制御を目的とした根治照射以外に,症状の軽減を目的とした緩和照射も重要である。特に肺癌患者では,QOLや生命予後に影響を及ぼす重篤な症状も多い(CQ13)。

4)Oligometastatic disease(オリゴ転移)

 Oligometastatic diseaseは,転移病巣数が限られており,進行期(Ⅳ期)肺癌であっても局所治療の追加によって生存の延長が期待される疾患群とされる。現状では,その定義や局所治療の具体的な方法に明確なコンセンサスがない。しかし,昨今Oligometastatic diseaseに関する重要な臨床試験や提言がなされており,臨床的に重要な問題であると考え,2021年版より新たに当該CQを設定した(CQ16)。

 Oligometastatic diseaseは,時間軸の違いにより分類化される。同時性(synchronous)か異時性(metachronous)か,治療により誘発された(induced)か,残存病変(persistence)か増悪病変(progression)か,などによって分かれる。近年,非小細胞肺癌で発表された比較試験のエビデンスは,ほとんどがsynchronous oligometastatic diseaseを対象としている。Oligometastatic diseaseの診断には,画像評価が極めて重要である。そのため,PET-CTや頭部MRIでの適切な評価が勧められる。欧州の報告では,Oligometastatic diseaseの定義として“すべての病変に局所治療が可能な,3臓器以内5個以下の転移”とされている。

 局所治療は,治療効果だけではなく晩期毒性や後遺症を加味して後治療に影響を及ぼさないよう治療の選択を行うことが望ましい。2020年4月の診療報酬改定に伴い,体幹部定位放射線治療(SBRT)の保険適用範囲に「5個以内のオリゴ転移」が追加され,今後,治療機会が増えることが予想される。ただし,Oligometastatic diseaseに対する放射線治療は,その転移臓器や病変の大きさ,個数によって最適な治療法は異なるため,病変ごとに安全かつ有効な照射方法を検討する必要がある。なお,骨転移(CQ2)や脳転移(CQ6)への局所治療については,既存のCQに従い治療方針を検討されたい。

 Oligometastatic diseaseに関する局所治療のエビデンスは現時点で十分ではなく,個々の対象に応じて慎重に吟味する必要があることに加え,高度な集学的治療への医療アクセスも求められる。今後のエビデンス集積のためにも,臨床試験等での実践が勧められる。

本文中に用いた略語および用語の解説

ORR objective response rate 客観的奏効率
PFS progression free survival 無増悪生存期間
SBRT stereotactic body radiation therapy 体幹部定位放射線治療
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