NLSTおよびNELSONの結果に関する日本肺癌学会のコメント
肺癌は本邦のがん死亡の第1位を占めており、その克服は国家的な急務である。わが国では胸部X線検査と重喫煙者に対する喀痰細胞診併用法による肺がん検診を行っており、症例対照研究により有効性は示されているものの、その効果は1年しか続かないなど十分とは言えず、より効果の高い検診方法の開発が望まれている。低線量胸部CTによる肺がん検診は、その点で期待できるものの一つであったが、有効性を示す証拠は十分ではなかった。2011年6月に、米国国立がん研究所が実施したNational Lung Screening Trial (NLST)1)の結果の論文が公表された。55-74歳の喫煙指数600以上の現在および過去喫煙者53,454人を無作為に2群に振り分け、研究群には1年に1回、合計3回の低線量胸部CTによる肺がん検診を、対照群には同様のスケジュールで胸部X線による肺がん検診を提供した結果、研究群は対照群に比べて肺癌死亡率が20%、全死因死亡率が7%、有意に減少することが示された。しかし、研究群の要精検率が極めて高いこと、有効性を有意に示す研究が一つのみであったことなどから、その後も低線量胸部CT検診が世界で広く利用されるには至らなかった。
2020年1月にNELSON研究2)の結果が論文として公表された。50‐74歳、喫煙指数300または375以上、現在および過去喫煙者15,789人を無作為に2群に振り分け、研究群にはCTが4回行われ、対照群は無検診であった。CT検診の間隔は、0, 1, 2, 2.5 年であり、最後の検診は最初から5.5年後となった。Volume doubling time を測定するプロトコールであり、それにより精密検査の適応なども決定した。CT検査受診率は各ラウンドで95.6%、92.3%、87.6%、66.8%であった。CT群の肺癌死亡率に関する、対照群を1とした相対危険度は0.76と有意に減少した。女性では有意ではないものの0.67と良好であった。このことは、重/中喫煙者に対する5.5年間に4回のCT検診は肺癌死亡率を減少させると考えられた。
NELSON論文の公表からはまだ時間が経っていないため、NELSON研究に対する十分な検証が行われた状況とは言えず、今後発表される関連論文などを注視する必要がある。とはいえ「有意に有効とするRCTが2つ」公表されたので、「限定された喫煙者の集団に対する毎年あるいは1年おきの低線量CT検診受診は、肺癌死亡率減少に関して有効」の可能性は高い。ただし「がん検診ガイドライン」等で「推奨される」ためには「有効」のみでなく「不利益(偽陽性・過剰診断など)が少ない」ことも必要なので、それに関する今後の検討が必要である。
さらに、対策型検診として展開させる場合には「マンパワー・機器のリソースなどが十分か」も重要である。実施施設が増えた場合の精度管理の問題も避けて通れない。一方で、今回の研究は重喫煙者に対するものであり、非喫煙者に対する低線量CT検診の有効性に関する証拠はきわめて少なく、過剰診断の懸念が大きい。日本を含むアジア人では非喫煙者でも肺癌死亡率は相当高いので、非喫煙者に対する胸部CT検診の有効性に関するエビデンスも積み重ねていく必要がある。
これらの問題は残るものの、NLSTとNELSONの結果により低線量胸部CTによる肺がん検診が喫煙者に対して死亡率減少効果を有する可能性が高くなったことを踏まえて、低線量胸部CTによる肺がん検診受診を希望する喫煙者は、医師と利益および不利益について十分な意見交換をした上で受診するか否かを決定する(shared decision-making)ことが望ましいと思われる。ただし、非喫煙者に対しては、低線量胸部CTによる肺がん検診の利益および不利益に関する証拠が不十分であることを周知する必要がある。
日本肺癌学会は、今後も低線量胸部CTによる肺がん検診の有効性評価、不利益、およびリソースに関する研究に常に注目し、国民および医師・医療従事者に対して適切な情報を提供できるように努める。また、必要に応じて日本CT検診学会を始めとする他学会等と協調しながら、国内における有効性評価、不利益、およびリソースに関する研究を推進するよう努める。
1) The National Lung Screening Trial Research Team. Reduced lung-cancer mortality with low-dose computed tomographic screening. New Eng J Med 2011;365:395-409
2) de Koning HJ, et al. Reduced lung-cancer mortality with volume CT screening in a randomized trial. New Eng J Med 2020;382:503-513