- 総 論
- 胸膜中皮腫診療ガイドライン2025年版を利用するにあたり
1)中皮腫の発症要因・診断・治療
中皮腫は,胸膜,腹膜,心膜,精巣鞘膜に発生する悪性腫瘍であり,胸膜が80~85%,腹膜が10~15%,その他の部位での発生は1%以下とされる。
発症原因として,欧米男性の78~88%,女性では23~65%の中皮腫症例においてアスベスト(石綿)曝露との関連性を指摘されているように1)2),アスベストは主因の1つとして考えられるが,明らかなアスベスト曝露がなくても発症している報告もある3)。一方,長期のアスベスト曝露歴をもった労働者では,中皮腫が発症する頻度は約5%である。国外の検討では,主にクロシドライト曝露歴が明らかな約22,000人の40年以上の追跡調査により約3%に胸膜中皮腫が,0.7%に腹膜中皮腫が発症したと報告されている4)。本邦では1980年代半ばまでアスベストの輸入が行われていた。アスベストとしてクリソタイル(白石綿),アモサイト(茶石綿),そしてクロシドライト(青石綿)が主として利用されたが,これらを用いた製品の製造や処理などに関わった労働者や,労働者の家族,および工場の周辺住民における中皮腫の発症リスクの上昇が報告されている5)6)。アスベスト曝露開始から発症までの潜伏期間が25~50年とされていることから,本邦における今後の中皮腫の発生ピークは2030年頃で,罹患者数は年間3,000人に及ぶと予測されている。また中皮腫による死亡者数も1995年の500人から,2000年710人,2005年911人,2010年1,209人,2015年1,504人,2020年1,605人と確実に増加の一途をたどっている7)。
中皮腫発生において遺伝的因子の関与も最近明らかになってきた。高リスクの遺伝的因子として,生殖細胞系列(germline)における腫瘍抑制遺伝子の変異がある。BAP1遺伝子の生殖細胞系列の変異は遺伝性腫瘍の原因であり,BAP1 tumor predisposition syndrome(BAP1-TPDS;BAP1腫瘍素因症候群)と呼ばれている8)。保因者には,中皮腫の他に,ぶどう膜メラノーマ,腎癌,皮膚メラノーマなどが好発する。国際的には,欧米とオーストラリアの症例を中心に2017年12月までの発表論文を含めてBAP1-TPDSとして181家系と140個の異なるバリアント(DNA塩基配列の違い)が報告されている8)。BAP1遺伝子以外の生殖細胞系列変異としては,頻度は低いがBRCA2遺伝子,CHEK2遺伝子などの遺伝子変異も報告されている。
胸膜中皮腫は,初期は無症状であるが,胸水の増加に伴い胸部圧迫感や労作時呼吸困難が出現する9)。胸壁に浸潤が始まると胸痛,背部痛を自覚するようになる。疼痛は病期の進行につれて高度になる。中皮腫細胞は胸腔穿刺路や手術創に沿って播種病変を形成することがある。病気が進行すると,体重減少,食欲不振,発熱,寝汗,貧血,血小板増多症,低アルブミン血症などを呈することがある。
胸膜中皮腫の診断に際しては画像診断のみならず,病期診断にも苦慮することが実地臨床では多い。具体的には,低侵襲的な画像検査(胸・腹部CT,胸・腹部MRI,PET/CT,超音波)の後に,主治医が判断した場合には侵襲的な生体検査(EBUS,VATS,縦隔鏡,腹腔鏡)も必要となることがある。また確定診断や病理診断においては,胸膜中皮腫は反応性中皮過形成,線維性胸膜炎,肺腺癌,肺肉腫様癌,滑膜肉腫などとの鑑別が重要であるが,時に鑑別診断が困難な場合もある。
胸膜中皮腫の治療は,WHO分類による組織分類(表1)と中皮腫瘍取扱い規約第2版のTNM分類による病期分類(表2,3)を総合的に評価して決定される。一般に,切除可能症例には薬物療法と外科治療を組み合わせた集学的治療が行われることが多く,切除不可能症例や術後再発症例には薬物療法が,それぞれ治療の主体として行われる。一方,放射線治療は外科治療や薬物療法と組み合わせた集学的治療の一環として施行される場合が多く,その他に疼痛コントロール目的の緩和治療として施行される場合もある(樹形図参照)。本ガイドラインでは,「外科治療,放射線治療,内科治療,および緩和治療」について実地臨床で役立つクリニカルクエスチョン(CQ)をそれぞれ念頭において設定したので,ぜひとも参考にしていただきたい。
2)今回のガイドライン改訂にあたり
中皮腫は本質的に悪性であることが,2022年発行の第5版WHO分類(Classification of Tumours)で明確に示され,「Malignant(悪性)」という表現は原則として用いない方針が採られている。この考え方は,2023年のNCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインにも踏襲され,現在では,中皮腫はすべて悪性腫瘍として定義されており,国内外の分類や規約においても「malignant:悪性」の用語は使用されなくなりつつある。今回のガイドライン改訂においても,2024年版の方針に従い,本文中から「悪性」の語を除くこととした。また胸膜中皮腫の組織亜型の日本語表記は従来「上皮型」「肉腫型」「二相型」と称されていたが,英語表記により忠実であることなどより,近年「上皮様」「肉腫様」「二相性」と称することが提唱されており,本ガイドラインもそれに準じている。
今回の改訂では,中皮腫瘍取扱い規約第2版が,2025年2月に発刊されたことを受けて,その内容を反映させた。なお,本邦のTNM分類については,AJCCのTNM分類第9版と同一の内容になっており,2025年1月より施行されることとなった。例年と異なるのは,UICCのTNM分類第9版が,2025年3月時点で未だ発行されていないことである。詳細は中皮腫瘍取扱い規約第2版を参照されたい。今回の改訂では,特にT因子を中心に大幅な変更が加えられた。cT因子は従来,CTなどの画像所見をもとに周辺臓器への浸潤の有無により規定されていた。しかしcT因子とpT因子が乖離すること,つまりpT因子に比べてcT因子の予後との相関性が低いことが問題となっていた。複数の検討で腫瘍量が予後をよく反映することが示唆されていたため,このたび改訂に至ったデータベース研究において同様に検討したところ,周辺臓器への浸潤の有無よりも,実際の腫瘍量をもとにcT因子を規定したほうがより予後と相関していることが明らかになった10)。そこで今回の改訂より腫瘍量の尺度としてpleural thickness(胸膜厚)が初めて採用され,CT画像を用いて計測された最大胸膜厚をもとにcT因子が分類されるようになった。これに伴い,これまですべてⅠ期とされたT1-3N0M0の病期が,T1N0M0はⅠ期,T2N0M0はⅡ期,T3N0M0はⅢA期と予後に合わせて細分類されるようになった。pT因子とcT因子の分類の内容が異なるようになったが,T因子,特に画像をもとにしたcT因子の採用によって,正確な予後予測を可能とする臨床病期分類が実現した点は,本改訂における重要な進展の1つである。
胸膜中皮腫ガイドライン2025年版においては,放射線診断・治療,病理診断に関しては,新しい重要なエビデンスや確立したコンセンサスが得られていないことから,2024年版から改訂を行っていない。一方,外科治療においては,イギリス国内で行われた前方視的ランダム化比較試験(MARS2試験)の結果が公表されたことを受け,本試験の国際的な解釈を踏まえ,外科治療における解説を一部改訂した11)~13)。しかしながら,同試験における解釈は,否定的な意見も少なくないため,今回は解説に追記するにとどめ,新たに投票を行わなかった。また,内科治療においては,従来標準的な一次治療とされてきた免疫チェックポイント阻害薬(ICI)2剤併用療法(ニボルマブ+イピリムマブ)を評価したCheckMate 743試験に加え,プラチナ製剤+ペメトレキセドにICIであるペムブロリズマブを上乗せした3剤併用療法の有効性を検証したKEYNOTE-483試験の結果が新たに示された14)15)。これを踏まえ,本ガイドラインでは内科治療に関するクリニカル・クエスチョン(CQ)の内容を改訂した。
本来であれば本ガイドラインもランダム化比較試験によって得られたエビデンスに基づくべきところであるが,本疾患の絶対数が少ないことなどから診断・治療ともに依然としてエビデンスに乏しい領域である。それゆえ,本ガイドラインではエビデンスの強さのみならず,胸膜中皮腫小委員会(ガイドライン作成班)の投票結果を是非とも参考にしていただきたい。
また,前回の改訂でもこの項で取り上げているように,胸膜中皮腫においてもがん遺伝子パネル検査による遺伝子情報に基づき,患者個人にあった治療を受けられる時代となっている。比較試験に基づくエビデンスは確立していないためCQとして取り上げるに至っていないが,仮に標準治療後に再発した場合でも,治療オプションが広がる可能性があるなどの情報を患者に知らせることは今後ますます重要となる。
3)中皮腫患者の補償・救済制度
最後に,中皮腫の確定診断を受けた患者は,労働者災害補償保険制度(労災保険制度)や石綿健康被害救済制度などの社会保障の申請が可能であることから16),その旨を患者に伝えて適切な補償・救済につなげる必要がある。具体的には,石綿曝露労働者に発症した胸膜,腹膜,心膜または精巣鞘膜の中皮腫であって,じん肺法に定める胸部エックス線写真で第1型以上の石綿肺所見がある場合,あるいは石綿曝露作業従事期間が1年以上ある場合は,業務上の疾病と認められる(最初の石綿曝露作業開始から10年未満で発症したものは除く)。労災認定されない場合や,居住歴などのいわゆる環境曝露によって中皮腫を発症した場合は石綿健康被害救済制度により救済される。石綿健康被害救済制度による救済には,石綿曝露歴は不問であることに注意が必要である。また令和3年に,議員立法により「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が成立し,令和4年1月19日に完全施行されている。石綿にさらされる建設業務に従事した労働者が胸膜中皮腫を発症した場合は,建設アスベスト給付金制度による給付の対象となる可能性がある。
中皮腫患者の診療にあたっては,石綿ばく露作業歴や居住歴について十分に聴取したうえで,がん相談支援センターやソーシャルワーカーなどと連携し,労災認定について最寄りの都道府県労働局や労働基準監督署に問い合わせるよう指導したり,石綿健康被害救済制度について最寄りの保健所や地方環境事務所に申請請求を行うよう指導することが求められる。
- 1)
- Yates DH, Corrin B, Stidolph PN, et al. Malignant mesothelioma in south east England:clinicopathological experience of 272 cases[published correction appears in Thorax 1997 Nov;52(11):1018]. Thorax. 1997;52(6):507-12.
- 2)
- Attanoos RL, Churg A, Galateau-Salle F, et al. Malignant mesothelioma and its non-asbestos causes. Arch Pathol Lab Med. 2018;142(6):753-60.
- 3)
- Peterson JT Jr, Greenberg SD, Buffler PA. Non-asbestos-related malignant mesothelioma. a review. Cancer. 1984;54(5):951-60.
- 4)
- Reid A, de Klerk NH, Magnani C, et al. Mesothelioma risk after 40 years since first exposure to asbestos:a pooled analysis. Thorax. 2014;69(9):843-50.
- 5)
- Kurumatani N, Kumagai S. Mapping the risk of mesothelioma due to neighborhood asbestos exposure. Am J Respir Crit Care Med. 2008;178(6):624-9.
- 6)
- Zha L, Kitamura Y, Kitamura T, et al. Population-based cohort study on health effects of asbestos exposure in Japan. Cancer Sci. 2019;110(3):1076-84.
- 7)
- 厚生労働省人口動態統計.都道府県(特別区-指定都市再掲)別にみた中皮腫による死亡数の年次推移(平成7年~令和2年).
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/chuuhisyu20/dl/chuuhisyu.pdf - 8)
- Walpole S, Pritchard AL, Cebulla CM, et al. Comprehensive study of the clinical phenotype of germline BAP1 variant-carrying families worldwide. J Natl Cancer Inst. 2018;110(12):1328-41.
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- Lee YC, Light RW, Musk AW. Management of malignant pleural mesothelioma:a critical review. Curr Opin Pulm Med. 2000;6(4):267-74.
- 10)
- Gill RR, Nowak AK, Giroux DJ, et al. The International Association for the Study of Lung Cancer Mesothelioma Staging Project:proposals for revisions of the "T" descriptors in the forthcoming ninth edition of the TNM classification for pleural mesothelioma. J Thorac Oncol. 2024;19(9):1310-25. Epub 2024 Mar 21.
- 11)
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- Kindler HL, Ismaila N, Bazhenova L, et al. Treatment of pleural mesothelioma:ASCO guideline update. J Clin Oncol. 2025;43(8):1006-38. Epub 2025 Jan 8.
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- Baas P, Scherpereel A, Nowak AK, et al. First-line nivolumab plus ipilimumab in unresectable malignant pleural mesothelioma(CheckMate 743):a multicentre, randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet. 2021;397(10272):375-86.
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- Chu Q, Perrone F, Greillier L, et al. Pembrolizumab plus chemotherapy versus chemotherapy in untreated advanced pleural mesothelioma in Canada, Italy, and France:a phase 3, open-label, randomised controlled trial. Lancet. 2023;402(10419):2295-306.
- 16)
- 厚生労働省.石綿健康被害救済法.
https://www.mhlw.go.jp/seisaku/06.html
本文中に用いた略語および用語の解説
| PEM | Pemetrexed | ペメトレキセド |
|---|---|---|
| BAP1 | BRCA1 associated protein-1 | |
| EBUS | endobronchial ultrasonography | 気管支腔内超音波断層法 |
| EPP | extrapleural pneumonectomy | 胸膜肺全摘術 |
| P/D | pleurectomy/decortication | 胸膜切除/肺剝皮術(壁側胸膜臓側胸膜全切除術) |
| VATS | video-assisted thoracic surgery | 胸腔鏡補助下手術 |
| Score | 定 義 |
| 0 | 全く問題なく活動できる。 発病前と同じ日常生活が制限なく行える。 |
|---|---|
| 1 | 肉体的に激しい活動は制限されるが,歩行可能で,軽作業や座っての作業は行うことができる。 例:軽い家事,事務作業 |
| 2 | 歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない。 日中の50%以上はベッド外で過ごす。 |
| 3 | 限られた自分の身の回りのことしかできない。 日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。 |
| 4 | 全く動けない。 自分の身の回りのことは全くできない。 完全にベッドか椅子で過ごす。 |
出典:Common Toxicity Criteria, Version2.0 Publish Date April 30, 1999
(JCOGホームページ.ガイドライン・各種規準より日本語訳を引用)


