2025年版 序
肺癌診療ガイドライン—胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む—2025年版の発刊にあたりご挨拶申し上げます。
我が国の肺癌診療ガイドラインは,厚生科学研究費の助成を受け,「EBMの手法による肺癌の診療ガイドライン策定に関する研究班」によって,その初版が「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン」として2003年に出版されました。日本肺癌学会では同年にガイドライン検討委員会を組織し,その後のガイドライン改正を本学会で行うこととし,改訂第2版を2005年に発刊いたしました。また,2016年版から悪性胸膜中皮腫診療ガイドライン,胸腺腫瘍診療ガイドラインを加えました。これらの領域における医学の進歩は目覚ましく,研究成果も毎年数多く公表されます。そのため,本ガイドラインでは重要なエビデンスを確実にかつ迅速に臨床の場に生かせることを目標として,2011年以降は毎年Web上で公開し,隔年で書籍を発行していることが大きな特徴であります。
今回のガイドラインにおいてまず初めにご報告すべきこととして,ガイドライン名称から「悪性」という用語を除き,本文と同様「中皮腫」に統一しました。本来であれば前回に名称変更をすべきであったことをお詫び申し上げます。樹形図の変更を要する主な改正点としては,局所進行非小細胞肺癌の治療方針決定において集学的治療グループによる検討の重要性を明確化しました。また,進行期の領域における一次治療では,EGFR遺伝子変異陽性例のラゼルチニブ+アミバンタマブ併用療法の追加など,新規薬剤に関する追加修正を行っています。二次治療として免疫チェックポイント阻害剤を含む治療を細胞障害性抗癌薬と同様の位置付けとしました。一方,再発小細胞肺癌でもタルラタマブ療法を新たに推奨しました。次に胸膜中皮腫に関しては,高齢者を含む切除不能な病態に対する薬物療法として,プラチナ製剤併用療法とPD-1阻害薬の併用治療を推奨しています。最後に診断領域として,肺癌診療における包括的がんゲノムプロファイリング(Comprehensive genome profiling:CGP)検査の有用性について示しました。
尚,今回のガイドライン検討委員会の新たな試みとして,CQに関する再投票を積極的に実施する方針としました。CQは,取り扱う疾患に関する重要臨床課題であり,臨床試験をはじめ,エビデンス創出に向けた様々な活動が行われているものです。それ故,数年経過すれば,新たなエビデンスが創出されていない場合でも,課題に対するこれまでの研究成果の意味合いが変わる可能性があると考えたためです。再投票で結果が変わったものもございますが,その際には解説文で丁寧な説明をするように配慮致しました。
2025年は,2024年に引き続き,世界各地での紛争や異常気象,および長引く円安による物価高,および深刻な資源不足などの理由により,がん診療に関わる診療ガイドラインの果たす役割はさらに大きくなっております。このような中,より良いガイドラインを作成するために,毎年,公表前にパブリックコメントを募集し,多方面からの意見に対応するとともに,公表後には外部機関による評価を受け,検討委員会ではその結果を踏まえた課題解決策を検討しながら次の改定作業に繋げております。その結果,毎年の改定作業とともに全体評価に関して高く評価されています。一方,AGREEⅡ評価では,適用可能性に関して潜在的な資源の影響に対する配慮,ガイドラインに対する監査の基準が不明確であることが指摘されています。さらに,一般市民の価値観や希望に対する調査も求められています。今後,本ガイドラインをより成熟させるために,患者委員の改定作業への参画を更に促進し,COIを有する場合の審議・投票の方法などを再検討するとともに,これらの指摘事項に対してひとつひとつ丁寧に解決していくことが必要です。皆様のご意見,評価とともに,英知についてもお借りできれば幸いです。
ガイドライン作成にあたり,2024年版から本学会のアーリーキャリア支援委員会との共同事業として「肺癌診療ガイドライン検討委員会への若手会員を対象としたオブザーバー参加企画」を新たに実施し,2024年版では22名,2025年版では35名が参加されました。文献の抽出から推奨文,推奨度の決定に至る一連の作業に触れることでガイドライン作成の過程やエビデンスレベルの解釈などを学んで頂いたことは,本人のスキルアップはもちろん,本ガイドラインの継続性,および質の向上という両面で本学会にとってさらに大きな財産になったと考えています。今後も学会内の他委員会と共同し,新たな提案については可能な限り積極的に取り組んでいきたいと思います。
本ガイドラインに準じた患者さん向けの「患者さんと家族のための肺がんガイドブック—胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む—」も順次更新して参ります。患者さんおよびご家族の方への適切な医療情報提供とともに,医療従事者の方も是非利用して頂ければ幸いです。
末筆となりましたが,本ガイドラインの作成のために,多くの業務を抱え,休日や深夜など僅かな私的な時間を捧げてご尽力を賜りました作成委員の皆様に深く感謝申し上げます。さらに本学会理事会およびパブリックコメントにて貴重なご意見を寄せて下さった多くの方々のご協力に深甚なる感謝の意を表します。
2025年9月
- 特定非営利活動法人日本肺癌学会
- 理事長山本 信之
- ガイドライン検討委員会
- 委員長石川 仁


