第4章 治療の概要 4-3.薬物療法
Q42
分子標的治療とはどのような治療ですか

 がんに関する研究の結果,がん細胞は正常の細胞に比べて,ある種の遺伝子やタンパク質に異常が認められたり,量が増加していることがわかってきました。この異常な遺伝子は,「がん遺伝子」と呼ばれ,がん化やがんの増殖の原因になっていると考えられています。また,がん細胞が増殖するためには,がん細胞が増殖しやすい環境を獲得する必要があることもわかってきました。がんの発生や進行に直接的な役割を果たす遺伝子を「ドライバー遺伝子」と呼びます。分子標的治療とは,がん遺伝子により産生されるタンパク質などを標的として,その働きを抑えたり,「がん周囲の環境を整える因子」を標的にして,がん細胞が増殖しにくい環境を整える治療法です。ドライバー遺伝子に変異があるがんでは,ドライバー遺伝子を標的とした薬(分子標的治療薬ぶんしひょうてきちりょうやく)が有効です。近年開発が盛んに行われており,国内において使用可能な薬剤が増えてきています。

 非小細胞肺ひしょうさいぼうはいがんに対する分子標的治療薬として,EGFRイージーエフアールALKアルクROS1ロスワンBRAFビーラフNTRKエヌトレクMEKメック阻害薬,血管新生阻害薬があります(Q39参照)。これら分子標的治療薬が適応となるのは,がん細胞におけるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子,ROS1融合遺伝子,BRAF遺伝子変異などのドライバー遺伝子変異があるときに限られます(血管新生阻害薬を除く)。そのため,病変を生検(一部を切除すること)したり,がん細胞が存在する胸水などを採取したりして,遺伝子検査に提出することが重要です。

 承認前の薬剤でも,治験と呼ばれる臨床試験で,専門病院で治療を受けられることがあります(Q28参照)。ただしその場合は,まだ薬剤の適切な使用量・安全性・効果がはっきりしていない段階であることと,患者さん自身の病状が臨床試験の対象となる基準と一致しなければ治療を受けることができないことを理解する必要があります。

 分子標的治療薬は,今後,非常に期待される薬剤であることは間違いありません。しかし,まだがん治療の特効薬といえるものではありませんし,副作用もまったくないわけではありません。今までの抗がん剤(細胞障害性抗さいぼうしょうがいせいこうがんやく)と一緒に使用したほうがよい場合もあれば,単独で用いたほうがよい場合もあります。治療の最初から用いたほうがよい場合もありますし,再発・再燃後の治療として用いたほうがよい場合もあります。

 最近の研究では,がんの種類やからだの状態などによっても効果に差があることがわかってきています。なにより,分子標的治療薬が作用するドライバー遺伝子の状態も個々によってさまざまで,この違いが効果に密接に関係しているといわれています。分子標的治療薬が患者さんの治療に適しているのかどうかを知るためには,まずがん治療を専門としている病院を受診し,専門医に意見を聞いてみる必要があるといえるでしょう。

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