人間の胸は,胸骨や肋骨,筋肉などによってできた鳥かごのような固い胸壁の中に左右の肺とその間にある縦隔によって構成されます。縦隔には心臓や大血管,気管,食道などの臓器がつまっています。肺は,肺門という場所で気管支および血管とつながっています。
胸膜は,肺の表面をおおう袋状の膜で,肺の表面をおおう部分を臓側胸膜,縦隔・胸壁・横隔膜をおおう部分を壁側胸膜と呼びます(肺の解剖参照)。悪性胸膜中皮腫とはこの胸膜から発生する悪性腫瘍で,比較的まれな腫瘍です。正常の胸膜は食品用ラップ程度の厚さ(数十μm)ですが,がん化すると数 mm以上に肥厚します。また,悪性胸膜中皮腫は「上皮型」,「肉腫型」,その両方が混ざって存在する「二相型」の3種類に分類されます。
壁側胸膜から発生した悪性胸膜中皮腫は胸膜全体にひろがり,最初は袋状の胸膜の中で増殖します(ⅠA期)。次に,隣接する横隔膜,縦隔脂肪,心膜や限局性に胸壁に浸潤します(ⅠB期)。さらに同側の胸腔内リンパ節に転移します(Ⅱ期,ⅢA期)。やがて,広範囲に胸壁に浸潤,心臓・大血管・気管・食道や腹腔内に進展,また対側の胸腔内リンパ節に転移します(ⅢB期)。やがて遠隔臓器に転移します(Ⅳ期)。
初期では症状はとくになく,検診などで胸水として指摘されることがほとんどです。進行すると胸膜の腫瘍が大きくなったり胸水が増えたりすることによる胸の痛みや息苦しさ,咳などの症状が出現します。しかし,これらの症状は悪性胸膜中皮腫にかぎった症状ではなく,ほかの病気でもよくみられるため,診断に時間がかかることも少なくありません。さらに進行し,ほかの臓器に転移した場合は転移した先の臓器によってさまざまな症状が起こります。
なお,悪性胸膜中皮腫はアスベスト(石綿)が原因である場合が多く,アスベスト曝露のある方は国の救済制度が適用されます。詳細はQ82を参照してください。