Ⅱ.治 療

1

外科治療

1-1
外科治療 Ⅰ-Ⅱ期

文献検索と採択

文献検索期間
  • 1980年1月1日から2019年12月31日
文献検索方法
  • 2018年版のガイドラインで検索された1980年1月1日から2017年12月31日の期間の文献に加えて,今回,国際医学情報センターの協力を得て,新たに以下のキーワードで2018年1月1日から2019年12月31日の期間に出版された論文を検索した。
検索式(検索日:2020年4月30日)
#1 Thymic epithelial tumor OR Thymic epithelial neoplasm OR Thymoma OR Thymic carcinoma OR Thymic cancer OR Thymic carcinoid OR Thymic neuroendocrine tumor OR Thymic neuroendocrine carcinoma
#2 Early stage OR Non-invasive OR Less invasive OR stage Ⅰ OR stage Ⅱ OR stage 1 OR stage 2 OR stages Ⅰ/Ⅱ OR stages 1/2 OR Resectable OR Complete resection
#3 Surgery OR Surgical treatment OR Surgical procedure OR Resection OR Operation OR Operative treatment OR Operative procedure OR Thoracoscopic surgery OR Video-assisted thoracoscopic surgery OR VATS OR Robotic surgery OR Robot-assisted surgery OR RATS OR VATS
#4 #1 AND #2 AND #3
採択方法
  • 胸腺腫瘍に対する治療および成績について十分な記載のある文献に限った。エビデンスの程度が同等の文献では対象症例数を参考に選択した。
  • 上記条件以外のもので,必要と判断したものは採用した。

CQ1.

臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対して,外科切除は勧められるか?

推 奨
外科切除を行うよう推奨する。

〔推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:C,合意率:100%〕

解 説

 Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する外科切除の意義は,1980年代より示されており標準治療として行われてきている1)2)。本邦ならびにITMIGなどにおいて大規模な評価がなされており,いずれにおいても治療成績が良好であることから(胸腺腫:5年全生存率95%程度,10年生存率88%程度,胸腺癌:5年全生存率85%程度,5年無再発生存率80%程度),Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対しては外科切除が勧められる3)〜7)

 以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では外科切除を行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
100%
(17/17)
0% 0% 0% 0%

CQ2.

臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍切除手術において,腫瘍の完全切除および胸腺摘出術が勧められるか?

推 奨
腫瘍の完全切除および胸腺摘出術を行うよう推奨する。

〔推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:C,合意率:100%〕

解 説

 Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する外科切除の範囲については,従来,胸腺摘出術が標準的な方法として適用されている。完全切除を要すること,ならびに胸腺腫に高頻度に重症筋無力症が合併することから,腫瘍および胸腺組織を摘除するとの考えに基づいている。完全切除の治療成績は胸腺腫:5年全生存率95%程度,10年全生存率88%程度,胸腺癌:5年全生存率85%程度,5年無再発生存率80%程度と良好であり,腫瘍の完全切除および胸腺摘出術(あるいはそれを超える範囲の切除)を行うよう勧められる3)〜7)。また,胸腺組織を残した腫瘍切除や胸腺部分切除については,主に胸腺腫小腫瘍例などに対して腫瘍の完全切除および胸腺摘出術と予後を比較した後ろ向き観察研究で,いずれも予後に遜色がなかったと報告されている。また,胸腺摘出術群で腫瘍のみの切除群よりも有意に合併症が多く観察されたという報告(胸腺摘出術群8.3%,腫瘍のみの切除群4.3%,P=0.0397)や,術後重症筋無力症寛解率においては胸腺摘出術群が腫瘍のみの切除群よりも有意に良好であったという報告(胸腺摘出術群91.6%,腫瘍のみの切除群50.0%,P<0.001)があるが,術後合併症や重症筋無力症寛解率についての詳細な検討報告は少ない8)9)。胸腺組織を残した腫瘍切除や胸腺部分切除については,切除範囲や長期成績に関する今後の評価が必要であり,術式として勧めるだけの根拠が明確でない8)〜11)

 以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では腫瘍の完全切除および胸腺摘出術を行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
100%
(17/17)
0% 0% 0% 0%

CQ3.

臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍切除手術において,アプローチの選択肢として胸腔鏡補助下あるいはロボット支援下の切除は勧められるか?

推 奨
胸腔鏡補助下あるいはロボット支援下の切除をアプローチ法の1つとして行うよう提案する。

〔推奨の強さ:2,エビデンスの強さ:C,合意率:100%〕

解 説

 胸腺上皮性腫瘍の手術は,従来,胸骨正中切開あるいは側方開胸によって行われてきたが,胸腔鏡補助下での切除が近年報告されており,Ⅰ-Ⅱ期の小病変に対する有用性を示すものがある。一方で術後再発の報告もあり長期成績を含めた評価が必要である。Ⅰ-Ⅱ期の胸腺上皮性腫瘍に対する胸腔鏡補助下の切除では,開胸手術と比較して出血量,手術時間,呼吸器合併症,術後入院期間などの周術期成績が良好であると報告されている12)〜15)。また,R0切除率はともに80%前後で差がなかった15)16)。重症筋無力症の改善率(低侵襲手術83.3% vs開胸手術88.2%)に関しても差がなかった16)。遠隔期成績に関しては,全生存率,無病再発率に差がないとの3〜5年の中間観察期間を有す報告13)14)16)もみられる。以上より,胸腔鏡補助下の切除は,Ⅰ-Ⅱ期の小病変に対する術式の1つとして許容される。しかし,いずれも後方視的研究であり,エビデンスの程度は低い。また,近年ロボット支援下手術に関する報告もみられる。周術期成績は開胸,胸腔鏡補助下よりも良好であったとの報告17)と胸腔鏡補助下と同等であったとの報告18)がある。遠隔成績に関しては,いずれも一部Ⅲ期以上の症例を含むが,5年全生存率は胸腔鏡補助下,開胸と有意差がなかったとの報告18)19)がある。しかし,10年を超える長期の遠隔期成績は未だ明らかにされていない。

 以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では胸腔鏡補助下あるいはロボット支援下の切除を弱く推奨(2で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
0% 100%
(17/17)
0% 0% 0%
引用文献
1)
Masaoka A, Monden Y, Nakahara K, et al. Follow-up study of thymomas with special reference to their clinical stages. Cancer. 1981; 48(11): 2485-92.
2)
Koga K, Matsuno Y, Noguchi M, et al. A review of 79 thymomas: modification of staging system and reappraisal of conventional division into invasive and non-invasive thymoma. Pathol Int. 1994; 44(5): 359-67.
3)
Kondo K, Monden Y. Therapy for thymic epithelial tumors: a clinical study of 1,320 patients from Japan. Ann Thorac Surg. 2003; 76(3): 878-84.
4)
Nicholson AG, Detterbeck FC, Marino M, et al; Staging and Prognostic Factors Committee; Members of the Advisory Boards; Participating Institutions of the Thymic Domain. The IASLC/ITMIG Thymic Epithelial Tumors Staging Project: proposals for the T Component for the forthcoming(8th)edition of the TNM classification of malignant tumors. J Thorac Oncol. 2014; 9(9 Suppl 2): S73-80.
5)
Ruffini E, Detterbeck F, Van Raemdonck D, et al; European Society of Thoracic Surgeons Thymic Working Group. Thymic carcinoma: a cohort study of patients from the European society of thoracic surgeons database. J Thorac Oncol. 2014; 9(4): 541-8.
6)
Hishida T, Nomura S, Yano M, et al; Japanese Association for Research on the Thymus(JART). Long-term outcome and prognostic factors of surgically treated thymic carcinoma: results of 306 cases from a Japanese nationwide database study. Eur J Cardiothorac Surg. 2016; 49(3): 835-41.
7)
Yun JK, Lee GD, Kim HR, et al. A nomogram for predicting recurrence after complete resection for thymic epithelial tumors based on the TNM classification: a multi-institutional retrospective analysis. J Surg Oncol. 2019; 119(8): 1161-9.
8)
Nakagawa K, Yokoi K, Nakajima J, et al. Is thymomectomy alone appropriate for stage Ⅰ(T1N0M0) thymoma? Results of a propensity-score analysis. Ann Thorac Surg. 2016; 101(2): 520-6.
9)
Gu Z, Fu J, Shen Y, et al; Members of the Chinese Alliance for Research in Thymomas. Thymectomy versus tumor resection for early-stage thymic malignancies: a Chinese Alliance for Research in Thymomas retrospective database analysis. J Thorac Dis. 2016; 8(4): 680-6.
10)
Narm KS, Lee CY, Do YW, et al; Korea Association for Research on the Thymus. Limited thymectomy as a potential alternative treatment option for early-stage thymoma: a multi-institutional propensity-matched study. Lung Cancer. 2016; 101: 22-7.
11)
Rea F, Marulli G, Girardi R, et al. Long-term survival and prognostic factors in thymic epithelial tumours. Eur J Cardiothorac Surg. 2004; 26(2): 412-8.
12)
Xie A, Tjahjono R, Phan K, et al. Video-assisted thoracoscopic surgery versus open thymectomy for thymoma: a systematic review. Ann Cardiothorac Surg. 2015; 4(6): 495-508.
13)
Chao YK, Liu YH, Hsieh MJ, et al. Long-term outcomes after thoracoscopic resection of stage Ⅰ and Ⅱ thymoma: a propensity-matched study. Ann Surg Oncol. 2015; 22(4): 1371-6.
14)
Ye B, Tantai JC, Ge XX, et al. Surgical techniques for early-stage thymoma: video-assisted thoracoscopic thymectomy versus transsternal thymectomy. J Thorac Cardiovasc Surg. 2014; 147(5): 1599-603.
15)
Burt BM, Nguyen D, Groth SS, et al. Utilization of minimally invasive thymectomy and margin-negative resection for early-stage thymoma. Ann Thorac Surg. 2019; 108(2): 405-11.
16)
Gu Z, Chen C, Wang Y, et al. Video-assisted thoracoscopic surgery versus open surgery for Stage Ⅰ thymic epithelial tumours: a propensity score-matched study. Eur J Cardiothorac Surg. 2018; 54(6): 1037-44.
17)
Qian L, Chen X, Huang J, et al. A comparison of three approaches for the treatment of early-stage thymomas: robot-assisted thoracic surgery, video-assisted thoracic surgery, and median sternotomy. J Thorac Dis. 2017; 9(7): 1997-2005.
18)
Kamel MK, Villena-Vargas J, Rahouma M, et al. National trends and perioperative outcomes of robotic resection of thymic tumours in the United States: a propensity matching comparison with open and video-assisted thoracoscopic approaches†. Eur J Cardiothorac Surg. 2019; 56(4): 762-69.
19)
Marulli G, Maessen J, Melfi F, et al. Multi-institutional European experience of robotic thymectomy for thymoma. Ann Cardiothorac Surg. 2016; 5(1): 18-25.
1-2
外科治療 Ⅲ期

文献検索と採択

文献検索期間
  • 1980年1月1日から2019年12月31日
文献検索方法
  • 2018年版のガイドラインで検索された1980年1月1日から2017年12月31日の期間の文献に加えて,今回,国際医学情報センターの協力を得て,新たに以下のキーワードで2018年1月1日から2019年12月31日の期間に出版された論文を検索した。
検索式(検索日:2020年4月30日)
 CQ4,5
#1 Thymoma OR Thymic carcinoma OR Thymic cancer OR Thymic epithelial tumor OR Thymic epithelial neoplasm OR Thymic neuroendocrine tumor OR Thymic neuroendocrine carcinoma
#2 Advanced stage OR stage Ⅲ OR stage 3 OR stage Ⅳ OR stage 4 OR Invasive OR Metastatic OR Unresectable OR Non-resectable
#3 Surgery OR Surgical OR Resection OR Multimodality Therapy OR Multidisciplinary Treatment OR Thymectomy OR Resection of thymus OR Extended thymectomy OR Total resection of thymus OR Incomplete resection OR Mass reduction
#4 #1 AND #2 AND #3
 CQ6
#1 Thymoma
#2 Advanced stage OR Invasive OR stage Ⅲ OR stage 3
#3 Phrenic Nerve OR Preservation of the nerve
#4 #1 AND #2 AND #3
採択方法
  • データベース研究,第Ⅱ相試験より抽出した。同様の内容であった場合には症例数の多寡を中心に選択した。
  • 上記条件以外のもので,必要と判断したものは採用した。

CQ4.

完全切除が困難な臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対して,集学的治療は勧められるか?

推 奨
集学的治療を行うよう推奨する。

〔推奨の強さ: 1,エビデンスの強さ: C,合意率: 100%〕

解 説

 完全切除が困難なⅢ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,術前導入化学療法1)〜3)や化学放射線療法4)の忍容性と高い完全切除率,良好な予後が報告されている。また,集学的治療が長期生存に寄与するとの報告が第Ⅱ相試験2)で示されており,導入療法,手術,術後補助療法5)による集学的治療を行うよう推奨する。

 以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
100%
(17/17)
0% 0% 0% 0%

CQ5.

臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対して,腫瘍の完全切除を伴う胸腺摘出術は勧められるか?

推 奨
腫瘍の完全切除を伴う胸腺摘出術を行うよう推奨する。

〔推奨の強さ: 1,エビデンスの強さ: C,合意率: 100%〕

解 説

 Ⅰ-Ⅲ期胸腺腫の予後は良好であり,Kondoらは5年生存率をⅠ期100%,Ⅱ期98.4%,Ⅲ期88.7%と報告している。しかしⅢ期はⅠ-Ⅱ期に比し再発率が高く成績は劣る6)。YamadaらはJARTデータベース(1991〜2010年)2,835例を用いてⅢ期手術例の手術成績を解析し,10年全生存率80.2%,無再発生存率51.6%と報告している7)。RuffiniらはESTSデータベースに登録された2,151例を解析し,Ⅲ-Ⅳ期,不完全切除を再発危険因子として報告し,完全切除は有意な予後因子として同定した8)9)

 一方,胸腺癌に関してはAhmadらはITMIGとESTSデータベースを併せた1,042例の切除例を解析し,Ⅰ-Ⅱ,Ⅲ期の5年生存率はそれぞれ80%,63%で,多変量解析で完全切除,術後照射が生存期間を延長させる因子として報告している10)。RuffiniらはESTSデータベースを解析し,完全切除率69%,5年および10年生存率はそれぞれ61%,37%で,可能なかぎり切除を行うことを推奨している9)。また,HishidaらはJARTデータベースにより,完全切除が全生存率の独立した予後因子であること,不完全切除でも非切除より予後が良好であることを報告した11)。以上により,臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対しては完全切除が推奨される。

 完全切除のためには浸潤臓器の合併切除を要するが,大血管合併切除に関する報告は少なく,上大静脈合併切除に関してもエビデンスの程度の高い報告はない。Okerekeらは38例の上大静脈合併切除で術後合併症8%,死亡率5%とリスクが高いが再建血管の開存率は良好であったことを12),Mauriziらは27例の上大静脈置換(人工血管,ウシ・ブタ心膜,伏在静脈)術症例で術後合併症11.1%,死亡率7.4%で,術後3年,5年生存率がそれぞれ80%と58.1%であったことを報告している13)。また,大動脈,肺動脈合併切除例のエビデンスはない。これらにより,腫瘍の完全切除を得るためには可能であれば浸潤臓器の合併切除を伴う胸腺摘出術を行うよう推奨する。

 以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
100%
(17/17)
0% 0% 0% 0%

CQ6.

臨床病期Ⅲ期胸腺腫に横隔神経浸潤が認められる場合,横隔神経を温存することは勧められるか?

推 奨
片側の横隔神経を温存するよう提案する。

〔推奨の強さ: 2,エビデンスの強さ: D,合意率: 94%〕

解 説

 Ⅲ期胸腺腫において横隔神経浸潤が認められた際に,他臓器と同様に合併切除は可能であるが,特に重症筋無力症合併例では術後呼吸機能の低下が危惧される。HamdiらはⅢ-Ⅳ期胸腺腫において横隔神経温存73例と合併切除41例を比較し,局所再発率はそれぞれ2.4%,9.7%と温存例で高いが,5年生存率は85%,88%と差はないことを14),Yanoらは横隔神経温存9例と合併切除9例において術後呼吸機能(努力肺活量,1秒量)を比較し,切除群,温存群の肺活量,1秒量は各々66%,69%,92.4%,94.1%で呼吸機能上の利点があることを示した15)

 以上より,エビデンスの程度は高くないが,重症筋無力症合併例,両側横隔神経浸潤例などのハイリスク患者においては片側の横隔神経を温存するよう提案する。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
6%
(1/17)
94%
(16/17)
0% 0% 0%
引用文献
1)
Korst RJ, Bezjak A, Blackmon S, et al. Neoadjuvant chemoradiotherapy for locally advanced thymic tumors: a phase Ⅱ, multi-institutional clinical trial. J Thorac Cardiovasc Surg. 2014; 147(1): 36-44.
2)
Kim ES, Putnam JB, Komaki R, et al. Phase Ⅱ study of a multidisciplinary approach with induction chemotherapy, followed by surgical resection, radiation therapy, and consolidation chemotherapy for unresectable malignant thymomas: final report. Lung Cancer. 2004; 44(3): 369-79.
3)
Wei Y, Gu Z, Shen Y, et al; Members of the Chinese Alliance for Research in Thymomas. Preoperative induction therapy for locally advanced thymic tumors: a retrospective analysis using the ChART database. J Thorac Dis. 2016; 8(4): 665-72.
4)
Loehrer PJ Sr, Chen M, Kim K, et al. Cisplatin, doxorubicin, and cyclophosphamide plus thoracic radiation therapy for limited-stage unresectable thymoma: an intergroup trial. J Clin Oncol. 1997; 15(9): 3093-9.
5)
Leuzzi G, Rocco G, Ruffini E, et al; ESTS Thymic Working Group. Multimodality therapy for locally advanced thymomas: A propensity score-matched cohort study from the European Society of Thoracic Surgeons database. J Thorac Cardiovasc Surg. 2016; 151(1): 47-57. e1.
6)
Kondo K, Monden Y. Therapy for thymic epithelial tumors: a clinical study of 1,320 patients from Japan. Ann Thorac Surg. 2003; 76(3): 878-84.
7)
Yamada Y, Yoshino I, Nakajima J, et al; Japanese Association for Research of the Thymus. Surgical outcomes of patients with stage Ⅲ thymoma in the Japanese nationwide database. Ann Thorac Surg. 2015; 100(3): 961-7.
8)
Ruffini E, Detterbeck F, Van Raemdonck D, et al; European Association of Thoracic Surgeons(ESTS)Thymic Working Group. Tumours of the thymus: a cohort study of prognostic factors from the European Society of Thoracic Surgeons database. Eur J Cardiothorac Surg. 2014; 46(3): 361-8.
9)
Ruffini E, Detterbeck F, Van Raemdonck D, et al; European Society of Thoracic Surgeons Thymic Working Group. Thymic carcinoma: a cohort study of patients from the European Society of Thoracic Surgeons database. J Thorac Oncol. 2014; 9(4): 541-8.
10)
Ahmad U, Yao X, Detterbeck F, et al. Thymic carcinoma outcomes and prognosis: results of an international analysis. J Thorac Cardiovasc Surg. 2015; 149(1): 95-100.
11)
Hishida T, Nomura S, Yano M, et al; Japanese Association for Research on the Thymus(JART). Long-term outcome and prognostic factors of surgically treated thymic carcinoma: results of 306 cases from a Japanese nationwide database study. Eur J Cardiothorac Surg. 2016; 49(3): 835-41.
12)
Okereke IC, Kesler KA, Rieger KM, et al. Results of superior vena cava reconstruction with externally stented-polytetrafluoroethylene vascular prostheses. Ann Thorac Surg. 2010; 90(2): 383-7.
13)
Maurizi G, Poggi C, D’Andrilli A, et al. Superior vena cava replacement for thymic malignancies. Ann Thorac Surg. 2019; 107(2): 386-92.
14)
Hamdi S, Mercier O, Fadel E, et al. Is sacrifying the phrenic nerve during thymoma resection worthwhile? Eur J Cardiothorac Surg. 2014; 45(5): e151-5.
15)
Yano M, Sasaki H, Moriyama S, et al. Preservation of phrenic nerve involved by stage Ⅲ thymoma. Ann Thorac Surg. 2010; 89(5): 1612-9.
1-3
外科治療 Ⅳ期

文献検索と採択

文献検索期間
  • 1980年1月1日から2019年12月31日
文献検索方法
  • 2018年版のガイドラインで検索された1980年1月1日から2017年12月31日の期間の文献に加えて,今回,国際医学情報センターの協力を得て,新たに以下のキーワードで2018年1月1日から2019年12月31日の期間に出版された論文を検索した。
検索式(検索日:2020年4月30日)
#1 Thymoma OR Thymic carcinoma OR Thymic cancer OR Thymic epithelial tumor OR Thymic epithelial neoplasm OR Thymic neuroendocrine tumor OR Thymic neuroendocrine carcinoma
#2 Advanced stage OR stage Ⅳ OR stage 4 OR Invasive OR Metastatic OR Unresectable OR Non-resectable
#3 Surgery OR Surgical OR Resection OR Multimodality Therapy OR Multidisciplinary Treatment OR Thymectomy OR Resection of thymus OR Extended thymectomy OR Total resection of thymus OR Incomplete resection OR Mass reduction
#4 #1 AND #2 AND #3
採択方法
  • 胸腺上皮性腫瘍のⅣ期に対する外科切除の文献に限り,再発に対する外科切除の文献は除外した。
  • 上記条件以外のもので,必要と判断したものは採用した。

CQ7.

臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対して,集学的治療は勧められるか?

推 奨
集学的治療を行うよう推奨する。

〔推奨の強さ: 1,エビデンスの強さ: D,合意率: 100%〕

解 説

 臨床病期Ⅳ期の胸腺上皮性腫瘍での病態は様々である。腫瘍の転移形式に関しては,日本のデータベースによるとリンパ節転移は胸腺腫では1.8%,胸腺癌では26.8%,胸腺カルチノイドでは27.5%に認め,血行性転移は,胸腺腫では1.2%,胸腺癌では12%,胸腺カルチノイドでは2.5%の頻度で認められた1)。臨床病期Ⅳ期胸腺腫に対する集学的治療についてはまとまった報告は少ないが,10年全生存率は56〜76%と報告されている2)3)4)。胸腺癌に関しては,やはり臨床病期Ⅳ期での集学的治療の報告は少なく,ITMIG・ESTSデータベースの解析では5年全生存率はⅣa期で42%,Ⅳb期で30%,JARTデータベース解析では5年全生存率はⅣa期で43%,Ⅳb期で34%と報告されている5)6)

 以上より,Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対し,集学的医療チームによる治療方針を策定したうえで薬物療法・放射線療法・肉眼的完全切除や減量手術などの手術療法による集学的治療を考慮することは推奨される。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
100%
(17/17)
0% 0% 0% 0%

CQ8.

肉眼的完全切除が可能な臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対して,外科切除は勧められるか?

推 奨
外科切除を行うよう提案する。

〔推奨の強さ: 2,エビデンスの強さ: D,合意率: 100%〕

解 説

 臨床病期Ⅳ期胸腺腫に対する外科切除の前向き試験は報告がないが,これまでの外科切除の成績は良好と考えられている。2000年に本邦で行われた後ろ向き調査では,臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍の多くの症例に対して手術を含めた集学的治療が行われており,胸腺腫の5年生存率はⅣa期で70.6%,Ⅳb期で52.8%,胸腺癌では37.6%,胸腺カルチノイドでは72.9%であった7)。またJARTが調査したデータベースからの報告でも,播種を伴うⅣa期の胸腺腫に対して肉眼的に完全切除を施行した群での10年生存率は88.6%と予後良好であった8)。ただしその術式・治療は様々で,播種巣切除から胸膜肺全摘術(±薬物療法),播種巣切除+胸腔内温熱化学療法など多岐にわたっており,治療法の定義は一義ではなかったため,注意が必要である2)〜4)9)10)

 一方でⅣ期胸腺癌に対する外科治療の報告は少ない。本邦でのデータベースの解析では,胸腺癌Ⅳa期40例とⅣb期68例の5年生存率は43%と34%であった6)。また国際共同のデータベースを用いた研究での胸腺癌1,042例の報告では,Ⅳa期114例の5,10年生存率はそれぞれ42%,28%で,Ⅳb期139例では30%,13%であった。そのうち外科切除例と完全切除例の割合は,Ⅳa期が97例と47例,Ⅳb期は94例と43例であった。また,多くの症例で薬物療法や放射線療法も施行されており,集学的治療を受けていた。多変量解析では,完全切除と放射線療法が予後良好因子であると報告されていた5)

 以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
0% 100%
(17/17)
0% 0% 0%

CQ9.

肉眼的完全切除が困難な臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対して,減量手術は勧められるか?

推 奨
胸腺腫に対しては減量手術を行うことを提案する。

〔推奨の強さ: 2,エビデンスの強さ: D,合意率: 100%〕

解 説

 胸腺腫ではいわゆる減量(Debulking)手術も予後延長に寄与する(不完全切除症例が非切除症例よりも有意に予後が良い)と考えられている。2000年に発表された本邦のデータでは,切除根治度に関してⅢ期とⅣ期を含めて解析されたが,完全切除・不完全切除・非切除例の5年生存率は,胸腺腫では92.9%,64.4%,35.6%であり,胸腺腫において減量手術は有効である可能性が報告されている1)。減量手術の患者対象や定義は一定ではないが有用性を示す報告はいくつかあり,メタアナリシスでも有用性が示されている11)

 以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。

投票者の所属委員会:胸腺腫瘍小委員会/実施年度:2020年
行うことを
推奨
行うことを
弱く推奨(提案)
推奨度決定不能 行わないことを
弱く推奨(提案)
行わないことを
推奨
0% 100%
(17/17)
0% 0% 0%

 胸腺癌については,2010年の本邦のデータでは,完全切除・不完全切除・非切除例の5年生存率は75%,44〜47%,13%であり,ESTSのデータでも胸腺癌に対する減量手術の有用性が示唆されている6)12)。しかしながら,これらは対象集団が臨床病期Ⅳ期に限られていないこと,術前から減量手術を企図したのか,あるいは手術の結果で不完全切除となったものなのかなど不明であり,メタアナリシスでも有用性を示した報告がない。

引用文献
1)
Kondo K, Monden Y. Lymphogenous and hematogenous metastasis of thymic epithelial tumors. Ann Thorac Surg. 2003; 76(6): 1859-64; discussion 1864-5.
2)
Nakamura S, Kawaguchi K, Fukui T, et al. Multimodality therapy for thymoma patients with pleural dissemination. Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2019; 67(6): 524-9.
3)
Kaba E, Ozkan B, Erus S, et al. Role of surgery in the treatment of Masaoka stage Ⅳa thymoma. Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2018; 24(1): 6-12.
4)
Huang J, Rizk NP, Travis WD, et al. Feasibility of multimodality therapy including extended resections in stage ⅣA thymoma. J Thorac Cardiovasc Surg. 2007; 134(6): 1477-83.
5)
Ahmad U, Yao X, Detterbeck F, et al. Thymic carcinoma outcomes and prognosis: results of an international analysis. J Thorac Cardiovasc Surg. 2015; 149(1): 95-100.
6)
Hishida T, Nomura S, Yano M, et al; Japanese Association for Research on the Thymus(JART). Long-term outcome and prognostic factors of surgically treated thymic carcinoma: results of 306 cases from a Japanese nationwide database study. Eur J Cardiothorac Surg. 2016; 49(3): 835-41.
7)
Kondo K, Monden Y. Therapy for thymic epithelial tumors: a clinical study of 1,320 patients from Japan. Ann Thorac Surg. 2003; 76(3): 878-84.
8)
Okuda K, Yano M, Yoshino I, et al. Thymoma patients with pleural dissemination: nationwide retrospective study of 136 cases in Japan. Ann Thorac Surg. 2014; 97(5): 1743-8.
9)
Fabre D, Fadel E, Mussot S, et al. Long-term outcome of pleuropneumonectomy for Masaoka stage Ⅳa thymoma. Eur J Cardiothorac Surg. 2011; 39(5): e133-8.
10)
Yellin A, Simansky DA, Ben-Avi R, et al. Resection and heated pleural chemoperfusion in patients with thymic epithelial malignant disease and pleural spread: a single-institution experience. J Thorac Cardiovasc Surg. 2013; 145(1): 83-7; discussion 87-9.
11)
Hamaji M, Kojima F, Omasa M, et al. A meta-analysis of debulking surgery versus surgical biopsy for unresectable thymoma. Eur J Cardiothorac Surg. 2015; 47(4): 602-7.
12)
Ruffini E, Detterbeck F, Van Raemdonck D, et al; European Society of Thoracic Surgeons Thymic Working Group. Thymic carcinoma: a cohort study of patients from the European Society of Thoracic Surgeons database. J Thorac Oncol. 2014; 9(4): 541-8.
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