総 論
胸腺上皮性腫瘍
解 説

 胸腺上皮性腫瘍の診療に関するこれまでの報告で強いエビデンスを有するものはなく,本ガイドラインを作成するうえではエビデンスの強さがCまたはDの論文に基づいて作成せざるを得なかった。しかし,作成者間でクリニカルクエスチョン(CQ)に対する推奨度の相違は少なく,胸腺上皮性腫瘍の日常診療が概ね本ガイドラインの記載に沿って行われているものと思われた。一方で,本腫瘍の診療に関する新たなエビデンスの構築が困難であることも理解する必要がある。すなわち,胸腺上皮性腫瘍は発生頻度が低く,またその進展速度の組織間の相違も,エビデンス構築に大きな障壁となっていると考えられる。なかでも胸腺腫は,その遅い発育速度のため,至適な治療時期(高齢者への根治治療など),偶然発見された小さな前縦隔病変の治療,切除範囲,リンパ節郭清,経過観察期間,再発腫瘍の治療などが,未だ議論の対象となっている。そのような現状において本ガイドラインが作成されたことをご理解いただき,日常診療の指針としていただければ幸いである。

1)定 義

 胸腺腫(thymoma)はTリンパ球の成熟に重要な役割を果たす胸腺上皮に由来する腫瘍のうち細胞異型のないものである。一方,胸腺癌(thymic carcinoma)は細胞異型を伴うものである1)。2020年WHO分類5版ではneuroendcrine tumor(NET)は上皮性腫瘍から除外されたが,本ガイドラインでは,NETを含めて記載している1)

2)疫 学

 胸腺腫・胸腺癌は30歳以上に発症することが多い。発症頻度に男女差はなく,胸腺腫は人口10万対0.44~0.68人が罹患する稀な疾患である。胸腺癌はさらに稀である。

3)症 状

 一般的に合併症を併発しない,あるいは周囲組織,器官にmass effectないしは浸潤をきたさないかぎり症状はない。早期の発見は極めて困難で,他疾患の経過観察中ないしはCTを利用した健康診断などで発見されることが多い。

4)合併症

 主な合併症としては重症筋無力症,赤芽球癆,低γグロブリン血症があり,これらの併発を疑う場合には,血清抗アセチルコリン受容体抗体,血球検査,血清γグロブリンなどのさらなる精査が必要となる。

5)診断・進行度

 画像診断としては,胸部単純X線写真,CT,MRI,FDG-PETなどが用いられる。縦隔内に腫瘍性病変が認められる場合,胸腺上皮性腫瘍が最も頻度が高いが,その他の悪性腫瘍として,悪性リンパ腫や悪性胚細胞性腫瘍などの可能性がある。患者の年齢や血清βhCG(human chorionic gonadotropin),AFP(alfa-fetoprotein),sIL-2R(soluble IL-2 receptor)およびLDH(lactate dehydrogenese)の測定値などによっても鑑別がある程度可能な場合がある。胸腺腫や胸腺癌は胸郭内にとどまることが多いが,胸膜播種は稀ならずみられる病態である。胸腺癌では,他臓器などへの転移や直接浸潤も比較的多くみられる。組織学的生検に関しては,切除困難な胸腺上皮性腫瘍を強く疑う場合には経皮的針生検を考慮するが,行う場合には可能なかぎり縦隔経路で施行すべきである。完全切除可能な胸腺上皮性腫瘍を疑う場合には,術前生検は回避すべきである。

6)進行度

 胸腺上皮性腫瘍の進行度および病期分類として,正岡分類(表1),正岡-古賀分類(表2)が長年国際的に用いられてきたが,2017年にUICCによるTNM分類の第8版で胸腺上皮性腫瘍にも初めてTNMによる病期が発表された(表3)。さらにIASLCがUICC第9版に向けてT分類の修正を提案している(表4)。N,Mの定義はUICC第8版と同様である。

 今後,UICC-TNM分類による病期の記載が主流になっていくと予想されるが,これまで正岡分類,正岡-古賀分類が汎用されてきていたため,多くの報告がこれらに基づいて記載されており,本ガイドラインでは原則として正岡分類で記述した。

7)病理組織表5

 胸腺腫の組織型としては,卵円形および紡錘形腫瘍細胞からなるA型胸腺腫と類円形および多角腫瘍細胞からなるB型胸腺腫,それらが混在するAB型胸腺腫に分類され,B型胸腺腫はさらにその腫瘍細胞の形態と随伴する未熟Tリンパ球の多寡により,B1,B2,B3型に亜分類される。組織診断はこのWHO分類1)を用いて行う。鑑別診断には免疫染色も有用である。

8)治 療

(1)外科治療

 完全切除が可能な場合には,胸腺上皮性腫瘍の治療法として最も多く行われるのが外科切除である。腫瘍と胸腺,および周囲浸潤組織を完全切除する。通常,胸骨正中切開で施行されるが,近年胸腔鏡補助下手術,ロボット支援下手術も行われている。胸腺腫では,病理病期Ⅰ-Ⅱ期では追加療法の必要はない。胸腺癌では,Ⅰ期完全切除例では追加療法の必要はなく,Ⅱ期以上では術後放射線療法を行うことが推奨される。不完全切除例では,術後に放射線療法または化学放射線療法を行うことが勧められる。

(2)放射線治療

 根治照射可能で切除不能胸腺上皮性腫瘍に対しては,放射線治療または化学放射線療法が第一選択となる。放射線治療は,少なくとも3D-CRTで,線量分割は1回1.8~2 Gyの通常分割法で,少なくとも54 Gy,可能であれば60 Gy程度の照射を行うよう勧められる。術後放射線療法はR0例では40~50 Gy,R1例では50~54 Gy程度,R2症例では54~60 Gy程度の照射が勧められる。

(3)薬物療法

 切除不能のⅣ期または再発に対して,胸腺腫ではCDDPおよびアンスラサイクリン系抗癌薬の併用療法が,胸腺癌ではプラチナ製剤ベースの多剤併用療法が行われる。一次治療不応となった胸腺癌に対してレンバチニブが2021年から可能となった。胸腺腫では,これらにステロイド剤を併用することもある。

 また,局所進行例に対する集学的治療の一環としての術前治療として,胸腺腫では薬物療法が,胸腺癌では薬物療法または化学放射線療法が行われることがある。

 一次治療に不応になった胸腺癌では,高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)もしくは高い腫瘍遺伝子変異量(TMB-High)を有する場合に,ペムブロリズマブがキードラッグとなる。一方,胸腺腫では免疫チェックポイント阻害薬によるirAEの発生頻度が高く,胸腺腫に対する免疫チェックポイント阻害薬は推奨されない。

(4)再発に対する治療

 再発胸腺上皮性腫瘍に対しては集学的治療を考慮し,切除可能であれば外科切除も行われている。

本文中に用いた略語

CDDP シスプラチン
 
3D-CRT 3-dimensional conformal radiation therapy 3次元原体照射
irAE immune-related adverse events 免疫関連有害事象
 
IASLC International Association for Study of Lung Cancer
UICC Union for International Cancer Control
WHO World Health Organization
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