2

Ⅰ.診 断

確定診断

文献検索と採択

確定診断
2-1.確定診断
推 奨

a.胸膜中皮腫では臨床情報,放射線画像,病理所見を総合して診断を行う。治療開始前に細胞診断および組織診断を行う必要があり,患者の状況と施設の状況を考慮した適切な方法で検体を採取し,免疫染色などの補助的検査を用いて病理診断を行うことが勧められる。(グレードA)

b.臨床的に中皮腫が疑われ,細胞診が陰性あるいは判定困難の場合,胸膜生検を行うことが勧められる。(グレードA)

c.胸膜生検では,可能であれば胸腔鏡などで,十分な大きさの標本を採取し,病理診断を行うことが勧められる。(グレードA)

d.経皮針生検を行う場合は,画像ガイド下などの盲目的ではない方法で行うことが勧められる。(グレードB)

エビデンス
a.
胸膜中皮腫の診断は困難であり,中皮腫と診断された症例の中には比較的多くの非中皮腫例が混入していることが明らかにされている。日本の人口動態統計(2003-2005)から死因が中皮腫と診断された2,742例のうち382例の病理標本について,臨床経過と放射線画像所見とともに総合的に再検討した報告1)では,胸膜において男性の13.4%,女性の22.4%が中皮腫ではなかった。これは免疫染色を十分行っていないことが主な原因であり,また,線維性胸膜炎を中皮腫と誤診断した症例も多く認められた。したがって,中皮腫の診断には,剖検においても臨床においても常に免疫細胞化学検査,免疫組織化学検査などの補助的診断法を検討することが勧められる1)~5)。場合によっては,fluorescence in situ hybridizationなどの分子生物学的検査,電子顕微鏡検査,バイオマーカー解析を補助的診断として追加することが診断率を向上する4)5)
 臨床では,細胞診断は胸腔穿刺によって胸水細胞診を行う。組織診断は胸膜生検によって行い,生検法としては,経皮針生検,内科的胸腔鏡下生検,外科的(胸腔鏡下,開胸)生検などがある。診断には患者の状況と施設の状況から適切な方法を用いるべきである。中皮腫の診断が困難な場合や治療を行う場合は,臨床医,放射線画像診断医,病理医を含む中皮腫の専門家によるパネルのアドバイスを受けることが勧められる3)4)
b.
胸水貯留は胸膜中皮腫の最初の所見であり,胸水細胞診は初めに行われる検査である。胸膜中皮腫の胸水細胞診が難しい原因として,出血や炎症を伴うことが多く,胸水中のcellularityが低いことが挙げられる4)。胸膜中皮腫のうち過半数の症例は胸水中に異型細胞が出現するが,胸膜中皮腫であっても細胞診では陰性になることがある4)~10)。また,肉腫型中皮腫では胸水に腫瘍細胞が出現することは稀で診断率は低い6)。さらに,反応性中皮の細胞像は中皮腫の細胞像と類似している。通常の染色による細胞診の感度は26~32%11)12)と低く,近年,補助的診断法を追加することにより胸水細胞診による胸膜中皮腫の診断率は感度53~82%6)~8)と向上してきている。しかし,臨床的に中皮腫が疑われ,胸水細胞診が陰性あるいは判定不能の場合,または肉腫様成分の存在が疑われた場合は速やかに胸膜生検で十分な大きさの標本を採取し組織診を行うことが勧められる3)4)。治療を考慮している場合,胸膜中皮腫の進行は早いことが多いため,診断の正確性と迅速性が要求される。これは肉腫様成分の存在は治療や管理に影響を与えるからである。
c.
胸膜中皮腫の確定診断のためには胸膜生検によって確実な組織診断を行うべきである。治療を行ううえで組織亜型を決定することは極めて重要であり,可能なかぎり浸潤度まで診断を付けることが望ましい。また,進行例では生検のみの診断で治療を行うことがあるため生検の精度が重要である。
 近年,内科的胸腔鏡検査の機器や技術が発達しており,診断の感度が胸水細胞診や針生検に比べ有意に高いと報告されている11)13)。また,胸腔鏡下生検では胸水の完全なドレナージを行えるとともに,タルクなどによる癒着術を同時に行うことができる利点もある11)。ただし,内科的胸腔鏡では観察範囲や施行可能な処置が制限されるという欠点があり,採取可能な組織量も少ない点が検討課題である。内科的胸腔鏡下生検で胸膜炎と診断した患者の12~18%に,その後の再生検あるいは病理解剖で胸膜中皮腫と診断されたとの報告もある14)15)。胸膜癒着がある場合は診断率が下がり,内科的胸腔鏡下生検で診断ができなかった症例(6.7%)は胸膜癒着が原因であったとされる16)
 病理亜型の診断において,内科的胸腔鏡下生検を行った胸膜中皮腫95例の報告17)では,上皮型の診断で感度94%,特異度20%,陽性的中率86%,陰性的中率37%であり,二相型では感度20%,特異度98%,陽性的中率75%,陰性的中率87%であった。このため,内科的胸腔鏡下生検は胸膜中皮腫の診断には有用であるが,亜型までは診断できないとされた。
 病理亜型の診断における各種生検法の比較では,胸腔鏡を含む外科的生検でできるだけ大きい病理標本を採取することが有用であるとする報告が多い18)~21)。生検方法の違いによる確定診断率を比較した報告18)では,胸水細胞診60%,Abram’s針生検68%,胸腔鏡下生検87%,開胸生検91%であった。このうち,single-component以外の確定診断率はAbrams針生検(小さい組織標本)で36%,胸腔鏡,開胸,剖検(大きい組織標本)で63%であったため,採取量が診断に重要とされた。また,胸膜肺全摘術(EPP)を施行された胸膜中皮腫患者83例(診断法は内科的胸腔鏡下生検81%,開胸生検7%,CTガイド下胸膜生検11%,その他1%)を対象に,術前後で病理亜型診断を比較した報告19)でも,開胸生検の診断精度83%に比べ内科的胸腔鏡下生検74%,CTガイド下針生検44%であった。このため病理亜型の確定には十分な組織量を採取し免疫組織染色を行うことが必要で,外科的生検のほうが精度は高いとされた。さらに,胸膜中皮腫に対してEPPを行った332例(開胸生検303例)で手術前後の病理亜型診断を比較した報告20)では,上皮型中皮腫に対する胸膜生検の感度は97%,特異度は56%であったが,開胸生検が多いのにもかかわらず,非上皮型の44%は術前に上皮型と誤診されていた。非上皮型の病理亜型の診断において胸膜生検の感度は低いが,他の生検法に比較して開胸生検のほうが正確であると述べられている。
 採取すべき標本の大きさにも言及している報告21)がある。胸膜中皮腫と剖検診断された41例(生前に計57回の胸膜生検が行われ,盲目的針生検31例,CTガイド下針生検5例,開胸生検21例)の組織亜型診断において,開胸生検は感度100%,特異度95%と高い診断精度を示したが,盲目的針生検では感度16%,特異度94%であった。生検標本の大きさでは,径10 mm以上では診断率が75%であったが,10 mm未満では8%であり,生検標本の大きさは確定診断には重要な要素であるとされた。
 ただし外科的生検は,侵襲を軽減し,後述の腫瘍細胞の播種を予防するため,現在では開胸よりも胸腔鏡下生検が主に行われている3)22)
 以上から胸膜生検では,十分な大きさの胸膜標本を採取し,病理診断を行うことが勧められる。可能であれば胸腔鏡などで胸膜全層を採取し,浸潤所見が判断できるよう脂肪組織や筋肉組織を含み採取することが望しい3)
 一方,胸膜中皮腫の生検部への播種は19(range 2~51)%23)~25)とされる。胸膜中皮腫で画像ガイド下針生検31例と外科的(胸腔鏡下または開胸)生検69例の診断の感度を比較し,腫瘍細胞播種の発生率を検証した報告26)では,診断の感度は,画像ガイド下針生検86%,胸腔鏡下生検94%,開胸生検100%と外科的生検が高かったが,播種の発生率は,画像ガイド下針生検4%,外科的生検22%であり,外科的生検による播種発生率の高さが指摘された。このため,外科的生検を行う場合は,その必要性を十分検討し,小切開で行うことが望ましい。
d.
経皮的針生検において,Abram’sまたはCope針による盲目的針生検では感度が21~43%と低い11)27)28)。一方,画像ガイド下にCore針生検を行えば十分な標本を採取することができるとされ27)29)30),CTまたは超音波ガイド下Core針生検では感度86%,特異度100%,超音波ガイド下Core針生検では感度77%,特異度88%,胸水のない胸膜中皮腫においても,超音波ガイド下針生検の感度は80%と報告されている。
 盲目的針生検とCTガイド下胸膜生検の診断率を比較したRCT31)では,前者では感度47%,特異度100%,陰性的中率44%,陽性的中率100%であり,後者では感度87%,特異度100%,陰性的中率80%,陽性的中率100%と有意にCTガイド下胸膜生検の感度が高かった。また,内科的胸腔鏡下生検とCTガイド下胸膜生検の診断率を比較したRCT13)では,診断の感度は前者で94.1%,後者で87.5%であった。CT所見や胸膜肥厚の違いによる差がなく,合併症の頻度も同等であったため,CTで胸膜肥厚あるいは腫瘤が認められる場合は,最初に行う胸膜生検法としてはCTガイド下胸膜生検を行っても良いとした。以上から経皮針生検を行う場合は,画像ガイド下などの盲目的ではない方法で行うことが勧められる。
 針生検で採取された標本では組織のオリエンテーションが付かず,採取時のアーチファクトが強く加わり診断が難しいことがある。針生検を繰り返し行うことが診断率を上げ28)29)32),針生検の感度は1回のみでは60%であるが,複数回行うと85%まで上昇するという報告もある32)。しかし,針生検に固執して,診断にむやみに時間をかけ病勢が進行したり,腫瘍細胞の播種の危険性が高まったりすることは避けるべきである。
引用論文
このページの先頭へ